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「ホロコーストを生き抜いた家族の中で育ちました」イスラエル出身の監督が描き出す“等身大のアンネ・フランク”

アリ・フォルマン(映画監督)――クローズアップ

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 今年出版75年を迎える、不朽の名作『アンネの日記』。ユネスコによって〈世界で最も読まれた10冊〉のうちの1冊に挙げられている。日本での人気も高く、累計発行部数は米国に次ぐ世界第2位だ。誰もが知る「日記」が、現代にアニメーションで蘇った。『アンネ・フランクと旅する日記』の監督はイスラエル出身のアリ・フォルマン。両親はアンネ一家と同じ週に、アウシュヴィッツに到着したという過去を持つ。

「ホロコーストを生き抜いた家族の中で、ふつうの子どもが耳にしたことのないような話を聞いて育ちました。今回のアニメ映画化にあたって、母に助言を求めました。それは、SS(ナチス・ドイツ武装親衛隊)装甲軍団の人とは思えないような巨大さや、表情の無い顔などの描き方に生かされています」

アリ・フォルマン監督

「日記」はこれまでにも数回映像化されているが、今回新たに生み出されたアイディアは、アンネが日記の中に作り上げた想像上の親友“キティー”をヴィジュアライズし、主人公の1人にしたこと。

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 本作は、現代のオランダ・アムステルダムで、博物館に展示されているオリジナル版「アンネの日記」に異変が起きるところから始まる。突然、「日記」の文字が動き始め、キティーが姿を現す。キティーは時空を超え、親友アンネと再会。隠れ家へ身を潜める前の楽しい日々を過ごす。一方で現代に戻ると、歴史的に重要な書物を盗んだとして、キティーは追われる身となっていた。逃げる彼女に手を貸したのは、アンネが恋した少年と同じ名前のペーター。現代のペーターは、アムステルダムで厳しい暮らしを強いられていた。やがて過去のアンネは収容所へ送られ、日記は中断されたまま、7カ月後に病死する。日記に書かれていない親友の死を知ったキティーは……。

 印象的なのは、現代のアムステルダムは暗い色彩で、アンネが生きた時代はカラフルに描かれていることだ。

「現代人にとっては、第二次世界大戦は暗い記憶です。でも、当時生きていた人々は、その時代なりに、良いことや明るい出来事があったはず。アンネの想像力は伸びやかで生き生きとしています。彼女の雰囲気を色彩豊かに表現したかったんです」

 監督が目指したのは、現代の子どもたちにアンネの物語を楽しんで理解してもらうことだった。

「アンネは複雑な人間です。聡明でユーモアがある一方で、年相応に意地悪なところもあるし、恋もするし、母親とのいざこざもある。現代の子どもたちと変わらない、等身大の人物を描き出したかった」

 キティーはペーターと共に、彼女の最期の7カ月を辿る。辛い場面を描くために、ギリシャ神話のイメージを借りた。

「収容所での過程とギリシャ神話は、ヴィジュアル的に共通点が多いんです。衣服をはぎ取られるとか、死への選別があるとか。辛い場面なので、受け入れられやすくエレガントな印象を目指しました」

Ari Folman/1962年、イスラエル生まれ。96年、劇場映画デビュー作『セイント・クララ』を共同監督。自身の従軍体験を描いた『戦場でワルツを』(2008)でゴールデングローブ賞最優秀外国語映画賞受賞。他の作品にスタニスワフ・レムのSF小説を映画化した『コングレス未来学会議』(13)など。

INFORMATION

映画『アンネ・フランクと旅する日記』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
https://happinet-phantom.com/anne/index.html

「ホロコーストを生き抜いた家族の中で育ちました」イスラエル出身の監督が描き出す“等身大のアンネ・フランク”

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