『地球外生命 アストロバイオロジーで探る生命の起源と未来』(小林憲正 著)中公新書

 生命はどのように生まれたか。地球以外にも存在するか。誰もが一度は考えてみたことがあるだろう。

 本書は化学者として生命の起源や地球外生命を研究する著者が、アストロバイオロジー(宇宙生物学)の全体像をその歴史から最先端まで、自らの研究も交えて解説したものだ。

 火星で氷が発見されたとか、はやぶさ2が持ち帰った試料に有機物が含まれているらしいといった報道に接し、科学者は本気で宇宙に生命の起源を探しているようだとは思っていたが、その背景がよくわかる。

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 20世紀末、惑星探査は新たな段階へ踏み出していた。転機は1977年、ガラパゴス沖の深海底探査で、熱水が噴き出す「熱水噴出孔」の周辺に生物が発見されたことだ。

 地球の生態系は植物が太陽光をエネルギーとして合成した有機物に依存していると考えられてきたが、深海底では光合成が使えない。生物たちは化学合成細菌を自らの内に住まわせて海水中の硫化水素を細菌に与え、細菌が作り出す有機物をもらって生きていた。

 その後、低温や高放射線、高塩濃度など極限環境に棲む生物が次々発見され、生命の定義は拡大した。

 中断していた火星探査が再開されたきっかけは、南極で回収された火星の隕石に生命の痕跡が見つかったことだ。地球生命の起源を考える上で、宇宙の寄与が無視できないことは明らかとなった。

 NASAは宇宙生命を研究する学問領域を提案し、アストロバイオロジーと名付けた。ターゲットは火星を含め、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドゥスなど太陽系だけで10もあるというから驚く。

 著者は土星の衛星タイタン型の大気、すなわちメタンと窒素分子からアミノ酸や核酸塩基ができるかを調べる研究に携わり、窒素分子を壊す放電などを用いれば可能であることを証明した。生命の源になる大気中の分子が海に集められれば、さらなる化学進化が起きる可能性もあるという。

 そもそも地球には最初の生命が誕生した頃の大気も水も存在しない。地球で生命誕生を証明することは不可能だ。宇宙を探索するのは生命誕生の過程を目撃できる可能性があるためであり、それは私たち自身を知るためでもある。生命誕生は地球でしか起きない偶然だったと考える強硬な偶然論者は減っているそうだ。

 ではどこかに知的な生物がいたとして、地球と交信できる確率はどれほどか。著者は星間通信が可能な惑星を割り出す「ドレイクの方程式」で算出を試みるが、信頼に足る数字を得るのはむずかしい。しかも人間が絶滅しないことが大前提だ。それは環境問題や人口問題など私たちの生き方に直結する話となる。

 宇宙開発を牽引する国が戦争を引き起こす今、分断は生命誕生の真実まで遠ざけてしまうのだと痛感する。

こばやしけんせい/1954年、愛知県生まれ。理学博士。専門は分析化学とアストロバイオロジー。現在、横浜国立大学名誉教授。著書に『生命の起源』『宇宙からみた生命史』など。
 

さいしょうはづき/1963年、東京生まれ、神戸育ち。ノンフィクションライター。著書に『絶対音感』『セラピスト』など多数。