『ザ・サスペンス』との真剣勝負を振り返って、関口は「苦しかったけれど、学んだことはたくさんあります。勝てた原因は、実力のある作家や監督がこちら側についてくれたこと、面白い脚本作りに徹したこと、人気シリーズをいくつも持っていたこと。そして、ライバルがいたからこそ、いい作品ができる!唯我独尊からは何も生まれては来ない。食うか食われるかのテンションの状況の中からこそ、いい作品が生まれるものと信じています」と語る。
家政婦は来た!
『ザ・サスペンス』との戦いの渦中、TBSとの大映テレビ奪い合いで、土ワイ陣営にただ1人加わってくれた大映テレビのベテランが柳田博美である。『ザ・ガードマン』などの演出を数本手がけた後、監督からプロデューサーに転じたが、同僚の春日千春や野添和子のように名刺代わりになる大ヒット作はまだなかった。
80年代初め、もっとも高視聴率が期待できるのは、松本清張原作ものだった。スケールの大きな長編のテレビ化権はすでによそに取られてしまっている。そこで柳田は『熱い空気』という短編に狙いをつけた。
遡ること20年ほど前の63年に週刊文春で3カ月ばかり連載されていた小品である。手練の家政婦が派出先の秘密を覗き見して、人間模様を暴き立てる物語である。柳田はテレビ朝日の塙淳一にその小説を読んでもらった。
「ものすごく面白いけど、本当に嫌な話なんですよ。主人公がひどい女で、他人の家庭を覗いて、そのアラをえぐり出して自分で楽しむというね」(塙)
例によって土ワイの企画選びはプロデューサーの合議制である。塙の提出した『熱い空気』の企画書が採択会議にかけられた。さて、結果はどうだったか?
実は会議ではあまり得点が伸びず、『熱い空気』は通常なら採用が見送られるはずだった。殺人が起きるわけでもなく、派手なシーンもない。逮捕劇もないまま、それでおしまい。
主人公は地味な中年女性である。清張の原作を忠実に映像化する難しさも課題だった。裏表ある主人公の性格の悪さが視聴者の反発を呼び、とてもドラマに感情移入などできないのではないか。その証拠に、過去に2度、他局で単発で映像化されたことがあるが、さして話題にもなっていなかった。
ところが、投票結果を無視して、強引にこの企画を推す人物がいた。誰あろう、この競馬式予想投票法を始めた初代チーフだった井塚英夫である。会議に出席していた宇都宮恭三はそのときの様子をこう述懐する。「ほかの人があまり評価しない中で、井塚だけが“コレは絶対に当たる要素がある!〞とかなり強引に推しまして」。同じく出席者の関口の証言。「世間はこういうのが好きなんだよって、鶴の一声で決めちゃった。彼は番組が当たるかどうかには動物的な勘がありましたね」。
ワイドショー出身の井塚にとって、主婦の下世話な欲望を、彼女たちに代わって満たしてくれるこの主人公こそ、真のヒロインに見えたのだろう。
とはいうものの、この難しい主役を誰に演じさせるのか。現に3年前の79年に『熱い空気(TBS版)』を放送したがそれきり。プロデューサー・石井ふく子、監督・鴨下信一をもってしても、である。塙と柳田の相談の結果、市原悦子しかいない、ということになった。