「こんな嫌な女の役を、どうして私に?」
市原は名門・俳優座の出身。66年、テレ朝がまだNETテレビの時代に、大ヒット作『氷点』で芝居のうまさが注目され、70年代には各局の昼のメロドラマに出演、お茶の間の女性の好感度も高かった。
土ワイでも記念すべき第1回放送『時間よ、とまれ』でストリッパー役を、26%を記録した『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』では犯人の情婦役を務めており、土ワイにとっては弁天様といったところ。部内でも彼女なら良いよ、と正式にゴーサインが出た。
そして、塙と柳田、脚本家の柴英三郎が揃い、市原悦子と六本木のイタリアンレストランで1回目の番組打ち合わせ。市原は開口一番に彼らに言い放った。
「こんな嫌な女の役を、どうして私に?」
無理もない。松本清張の原作では、子どもをそそのかして老母の耳に大火傷を負わせるのである。演者の市原自身も困惑するほどの性悪女。これをどうすれば少しでも愛されるキャラクターにできるか。
まず市原が、都はるみの歌を口ずさむ。仔猫の「ハルミ」に話しかけ、孤独な心中を吐露する。小銭を1枚1枚数えるすかんぴんな姿。それを毎回アドリブで演じる。主人公のキャラクターにはこうした市原のアイデアが多数盛り込まれた。
撮影後の局内試写では「面白い!」とそれまでと一転。土ワイらしからぬコミカルな坂田晃一の劇伴音楽と、覗きドラマでありながら、決して下品にならない富本壮吉の演出が絶妙にマッチ、主婦に非常に受けるだろうとの評価を得た。
さて、これをどのタイミングで放送するか。折しも土ワイはTBS『ザ・サスペンス』と2時間ドラマ戦争の真っ最中。一番効果的な所にぶち当てるために、テレ朝はオンエアの機会をずっとうかがっていた。
完成から待つこと半年、83年7月2日、『熱い空気・家政婦は見た!夫婦の秘密“焦げた〞』は満を持して放映された。裏のTBSは三田佳子主演の『スイートホーム殺人事件』。ともに家庭が舞台のドラマが同時間でぶつかり合ったのである。
翌日にビデオリサーチから発表された視聴率に土曜ワイド班はアッと驚かされた。なんと27・7%。同じ松本清張原作『みちのく偽装心中』の28%に迫る、その時点での土ワイ歴代2位の記録だった。浮気を覗く、というだけの話がである。
プロデューサーの塙も予想だにしていなかった結果に、さっそく第2弾制作の話が持ち上がったが、1話限りでもう原作がない。塙は柳田と一緒に松本清張の元へ懇願しに行った。
「どうしても市原さんのキャラクターを大事にしてシリーズ化したいのです」
「私の原作はこれで終わりだ。後はオリジナルで好きなように作っていいよ」
清張は快諾してくれた。それというのも、視聴率がことのほか良かったからである。清張は自分の作品がテレビ化された際の視聴率をことさら気にする作家だった。もし、視聴率が悪かったら、もうダメと断られただろう、とは塙の弁。