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「炊飯時間をずらすだけで命が救える」東日本大震災後に広まった“ヤシマ作戦”の舞台裏…石巻出身の20歳青年に「エヴァ」公式が賛同したワケ

『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』より #1

2022/03/24
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「ちょっと、まずいかな……」

 何人かの人に届けばとつぶやいた内容が思わぬ広がり方をするのを見て、石森は不安になった。

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 アカウント名も、アイコンに使っている特務機関NERVのロゴ画像も、石森が勝手に使用しているだけで公式とは何の関係もないし許可も得ていない。いわば著作権者の版権を侵したものだ。普段、ファンが仲間内で楽しむパロディに権利者が口出しすることはあまりなく、多くは黙認される。

 だが、これだけ広まれば公式の耳にも届くだろうし、「ふざけている」と批判が集まるかもしれない。大好きなエヴァンゲリオンに迷惑をかけることになる。

 案の定、疑問視する声も集まり始めた。

〈公式かと思った〉

〈著作権はどうなっている?〉

 それでも石森は投稿をやめなかった。今は少しでも節電を広めるべきときだった。

 批判は自分が受ける。版権元には後で誠心誠意謝るしかない。

 寄せられた疑問に対し、個人のアカウントでこう発信した。

〈著作権とかそういう責任は後々自分で何とかできますが、電力不足は僕だけではどうにも出来ないので。この行動が正しいことを願っています。〉

 依然、母とも妹とも連絡が取れなかった。生きているのか、食事ができているのかわからない。石巻に向かった父とも、「福島県に入る」というメールを最後に連絡が付かなくなっている。

 一方自分は東京にいてテレビもインターネットも使うことができ、暖かいご飯を食べられる。そんな状況に自己嫌悪した。それでも、自分ができることをやる。それは石巻へ向かう父を見送り、東京に残ることを決めたときに誓ったことだ。

ヤシマ作戦に賛同する人々

「特務機関NERV」が発したヤシマ作戦の広がりとともに、協力者も現れた。ヤシマ作戦を説明するポスターを制作する人、節電量の目安を測れる節電メーターアプリを公開する人。

 のちに石森が経営する会社「ゲヒルン」の親会社となる「さくらインターネット」は、ホームページ用のVPS(仮想専用サーバー:ウェブサイトを公開するために必要なサーバーで、一般的なレンタルサーバーよりも自由度が高い)の上位プランを無償提供した。

 当時、節電を呼びかけるために開設した「ヤシマ作戦」のホームページにはアクセスが集中し、断続的につながりにくい状態になっていた。それを見た社長の田中邦裕がツイッター経由で石森に連絡を取ったのだ。

〈サイトがつながりにくいようですので、帯域制限の拡大や、上位プラン提供などお手伝い致しますので、遠慮なくご連絡下さい〉

 このとき提供したプランは、さくらのVPS「8ギガ」プランと「4ギガ」プラン。8ギガプランは当時さくらインターネットが商品化していた最上位プランで、アクセスが集中する人気サイトに使われる。個人サイトでこのレベルのプランが必要なケースは少なく、短時間でいかに多くのアクセスが集まっていたかがわかる。

 エヴァンゲリオンの版権元につなぐとの申し出もあった。教えられたのは、『エヴァンゲリオン』シリーズの著作権を管理するグラウンドワークス代表の神村靖宏の電話番号だった。番号を伝えられてすぐ、石森は神村に電話をかけた。

 震える手でダイヤルボタンを押す。石森は電話をかけたときの気持ちをこう振り返る。