ゲノム研究の世界的権威、中村祐輔・東京大学名誉教授が『ゲノムに聞け 最先端のウイルスとワクチンの科学』(文春新書)を出版した。中村博士はがんや遺伝性疾患研究の先駆者であり、今日のDNA鑑定の基礎を築いたことでも知られる研究者で、現在はがん免疫療法の研究を指揮している。
『ゲノムに聞け』は、ウイルス、感染症、変異、ワクチン、PCR検査、感染拡大防止策といった新型コロナウイルス感染症に関するさまざまな事象を、「ゲノム」という視点から分かりやすく解説したウイルスとワクチンの入門書。
がん治療の権威が新型コロナウイルス感染症に関する入門書を執筆した意図はどこにあるのか。著者の中村博士に語っていただいた。(全3回の1回目/2回目を読む)
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「オミクロン株」は何から変異したのか
3月21日に全国18都道府県でまん延防止措置が解除されました。「社会機能維持」を重視するというのが政府や各自治体の判断のようです。科学的な見地に立って評価しても、今回の解除は妥当だと考えます。
現在、世界的に流行している「オミクロン株」は重症化率が非常に低いからです。ただし、持病のある高齢者の場合には、注意が必要です。この方たちの医療へのアクセスが十分に確保されるなら、これ以上の行動制限は不要だと思います。
そもそも、「オミクロン株」は本当に、2020年から大流行した新型コロナウイルスから派生したものなのかどうかさえ判然としません。新型コロナウイルスCOVID-19は、風邪の原因となるコロナウイルスから由来したものです。コロナウイルスの変異は以前から毎年のように確認されています。
しかし、SARSやMERSコロナウイルスのように感染力や重症化率が高くない場合を除いて、問題視されませんでした。
ゲノム解析してオミクロン株と元の新型コロナウイルスの遺伝情報を比較すると30カ所程度に変異があるため、COVID-19新型コロナウイルスが変異した変異株と考えるより、別の系統から発生した一般のコロナウイルスの変異株と考えた方が合理的だと思われます。
今回の感染対策では、数々の混乱や誤判断がありましたが、たとえば、新型コロナを、感染症法上の分類の2類(危険度が大で感染確認者は隔離する)にするか、5類(季節性のインフルエンザ程度)にするかなど不毛の議論を繰り返していたこと自体が日本のコロナ対策の非科学性を象徴しています。ウイルスの特性がわかり、2類でも5類でもそぐわないなら、科学的な観点で新しい分類を作るべきなのです。