ゲノム研究の世界的権威でノーベル賞有力候補にもなった、中村祐輔・東京大学名誉教授が『ゲノムに聞け 最先端のウイルスとワクチンの科学』(文春新書)を出版した。『ゲノムに聞け』は、ウイルス、感染症、変異、ワクチン、PCR検査、感染拡大防止策といった新型コロナウイルス感染症に関するさまざまな事象を、「ゲノム」という視点から分かりやすく解説したウイルスとワクチンの入門書だ。

 ここでは、同書から一部を抜粋し、変異ウイルスの恐ろしさや、新型コロナウイルスが収束しない理由、PCR検査の原理などを紹介する。(全3回の3回目/1回目から読む

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変異ウイルスと医療崩壊

 変異ウイルスが恐ろしいのは、その感染力が従来型よりさらに強力になるからですが、それだけではありません。変異ウイルスではウイルスの産生量が増えていることも報告されており、細胞から細胞へと次々に感染が広がるために重症化リスクが高くなり、さらにはワクチンによって生み出される抗体をすり抜けて(抗体にくっつかなくなって)効果を低減させる可能性があるからです。

写真はイメージです ©iStock.com

 ウイルスの感染力の強さと病原性の強さは、同じではありません。

 もともとのコロナウイルスを病原体とする一般的な風邪は、たとえ感染力が強くてもほとんど重症化しませんが、新型コロナウイルスは、感染を契機としてサイトカインという炎症物質が感染部位で大量に放出されることで重症化するとわかっています。サイトカインが大量に作られて患部に放出される理由は、まだ明らかではありません。

 アルファ型変異ウイルスでは、従来型新型コロナウイルスに比べ感染力が1・7倍であるのに対し重症化リスクは1・3倍と報告されています。重症化した感染者はほぼ全員が重症者用病床に入院しますから(入院できないこともありましたが)、重症化リスクが1・3倍だということは、単純に考えて、感染者数が同じであっても従来型のウイルスと比べて重症者用のベッドが1・3倍必要だということです。重症化すればするほど治療に時間がかかるので、病床はさらに逼迫します。

 その結果が、第4波での大阪や関西圏での医療崩壊でした。さらにイギリスの報告(2021年6月)では、デルタ型ウイルス感染者の入院リスクはアルファ型の2・61倍、救急外来受診リスクは1・67倍とされていました。第5波で首都圏の医療が崩壊したのは、デルタ型ウイルスの重症化率が非常に高かったからです。