ノーベル賞を受賞したPCR法の原理
ウイルスの感染のシステムや変異の仕組みを解説した本章の最後に、感染者のウイルスを検出するPCR検査について解説しておきます。
PCRはpolymerase chain reactionの略語です。polymerase(ポリメラーゼ=核酸合成酵素)とは、核酸(DNA、RNA)から核酸を合成する際に働く酵素の総称で、chain reactionは連鎖反応のことですから、PCRは「核酸合成酵素連鎖反応」と訳されています。PCRによってDNAを指数関数的に増やすことができます。
この原理を発見した科学者キャリー・マリス博士は1993年にノーベル化学賞を受賞しました。その連鎖反応を利用して、特定の遺伝子を調べる検査がPCR検査です。ウイルス感染症の場合には、ウイルスが存在しているかどうかを調べたり、アルファ型かデルタ型かなど、変異の種類を識別したりするために利用されています。
生命現象を分子のレベルで解明しようとする分子生物学の発展により、生命現象の多くは、遺伝子の働きや、それに影響を及ぼす環境要因に支配されていることが分かってきました。
それぞれの遺伝子には特有の塩基配列があり、それによって規定される情報が保持されています。その遺伝子が複製される際に種々の原因でコピーミスが起きると遺伝子の変異や欠損が生じます。
私の専門分野であるがんは遺伝子の異常や遺伝子の働きを調節するさまざまな変化によって起こる病気であることが分かっています。がんなどの病気の原因となる遺伝子の解明には、その遺伝子異常の検出や解析が不可欠ですが、それには大量のDNAが必要です。
1980年代半ばまでは、大量のDNAを抽出するには多くの血液や組織が必要でしたが、PCR法が開発されたことによって、ごく微量のDNAを短時間で100万倍以上に簡単に増やすことができるようになり、遺伝子研究は飛躍的に発展しました。
DNA増幅の技術
PCRは特定のDNAを指数関数的に増幅させます。DNAはリン酸とデオキシリボースと呼ばれる糖と、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基が結合したヌクレオチドで構成される核酸という分子で、2本の鎖が螺旋を描きながらつながっているような二重螺旋の構造をしています。
2つの螺旋をつないでいるのが塩基で、塩基同士は「AとT」「CとG」の組み合わせで水素結合してつながっています。一方の塩基配列が「AGCTAGCT」であれば、もう一方の配列は「TCGATCGA」です。これを「相補的」関係と呼びます。