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なぜ日本はワクチン承認が遅れたのか…がん治療の権威が指摘する政府の“科学的リテラシー”の欠如「コロナの感染拡大を放置したに等しい」

『ゲノムに聞け 最先端のウイルスとワクチンの科学』に寄せて #1

2022/03/24

source : 文春新書

genre : ライフ, 医療, ヘルス

note

科学リテラシーを欠いた政府の対策

 欧米などと比較し、日本を含むアジア諸国や中東諸国で感染者が少ないのは事実で、それには別の要因が絡んでいる可能性が高いのですが、それは別としても、PCR検査をしていないのですから、日本で感染者が少ないのは当然なのです。これを見ただけでも、政府の対策がいかに科学を欠いたものであったかがお分かりいただけると思います。

 もう1つ、私が危機感を抱いたのはワクチン承認の遅れです。当初、感染症の専門家と言われる人たちは、ワクチン開発には最低でも1~2年の歳月が必要と指摘し、政府もそれを鵜呑みにしていました。が、それはインフルエンザワクチンなどの「不活化ワクチン」と呼ばれるワクチンの話です。

写真はイメージです ©iStock.com

 実際には、みなさんご存知のとおり、アメリカやイギリスで開発されたmRNAワクチンやウイルスベクターワクチンが接種されています。欧米ではこのワクチンを早期に承認しワクチン接種を始めました。mRNAワクチンはがん治療のために開発されたワクチンで、その技術を応用すれば、新型コロナウイルスのワクチンもすぐに開発されるであろうことは、その分野の専門家なら誰もが知っていたことでした。

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 しかし、政府に近い科学者にはその知識のある人はいませんでした。そして、ウイルスの遺伝情報を体内に送り込むmRNAワクチンを危険視したため、日本では欧米に比べワクチンの承認と接種の開始が3カ月も遅れてしまったのです。

 こうした、政府の対策を見聞し痛感したのは、政府関係者など感染対策に関わる人たちの科学リテラシーの低さでした。繰り返しになりますが、政府の対策には科学がありませんでした。

 私は1980年代の中頃から40年近く、ゲノムの研究に身を投じてきました。ゲノムとは生物やウイルスの設計図です。ゲノムやその一部である遺伝子を調べることで、病気の原因を突き止め、治療法を開発することができます。

 研究は想定通りに進まないことが多いのですが、幸い、いくつかの研究は実を結び、私が発見した遺伝子のマーカー(目印)は、がんを含めた病気の研究を画期的に変えました。それまでは不明だった遺伝性の病気やがんの原因が次々と明らかになっていったのです。その発見は医療以外の分野にも応用されています。今日、科学捜査もののドラマや映画ではお馴染みとなったDNA鑑定の基礎は私の研究を応用したものです。このようにゲノムはさまざまなことを教えてくれます。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、私たちの生活は日々情報の洪水にも晒されてきました。テレビやインターネット上のメディアには、コロナ、変異ウイルス、PCR、ゲノム解析、スパイクタンパク質、アミノ酸変異、ワクチン、mRNA、免疫といった専門用語と、さまざまな意見が飛び交いました。科学の基礎的な知識のないふつうの人たちには、禅問答にしか聞こえなかったのではないでしょうか。

 しかし、禅問答にしか聞こえない数々の専門用語は、実はすべて「ゲノム」でつながっています。ウイルス感染症とはウイルスとヒト(生物)の物語であり、ゲノムはウイルスや生物の設計図なのですから、当然のことです。

 ゲノムという視座から新型コロナウイルス感染症に関係するさまざまな事象を見直し、分かりやすく解説するというのが、『ゲノムに聞け』を執筆した意図です。この人類史に類例を見ないパンデミックと闘うすべての人に参考にしていただきたいと願っています。

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