中尊寺での得度式
私は今先生の弟子として出家をしますので、今先生が貫主をしていらっしゃる中尊寺で得度式を行うことに決まったわけです。先生が、
「心配することはない。あなたの得度式の戒師は、本当は私が務めるのだけれどもこういう状態で駄目になったから、自分の代わりに、出家者としては自分よりももっともっと素晴らしい、友達の杉谷義周大僧正という方によくお願いしておいたから、この方におすがりして、何の不安も抱かず、安心して出家に臨みなさい」
とおっしゃってくださいました。
杉谷義周大僧正とおっしゃいますのは、その当時は上野の寛永寺の貫主で大変ご立派な方でしたが、私は一度もお目にかかったことはありません。
明日がいよいよ得度の日というその前日に、私はそれを先生から申し渡されたのでもう大変心細かったのですが、先生がそうおっしゃるのでそれに従うしかありません。
夜遅く中尊寺に着き、先に着いていたごく少数の親しい人たちと、いわゆるこの世での最後の晩餐会をしました。そのときにどこで聞きつけたのか、ジャーナリズムの人たちがドヤドヤと入ってきて、まるで家宅捜索のようなことをされかけましたが、無事に終えることができました。
その夜は心静かに眠り、翌日の朝いよいよ得度式に臨みました。
今先生の教えに従い、杉谷大僧正にご挨拶もせず、いきなり本堂で大僧正にお会いしました。非常に厳かな得度式をしていただき、私はそこで法名を授かりました。瀬戸内晴美から瀬戸内寂聴になったわけです。
頭を剃るときは別室へ連れて行かれます。よくテレビなどで見るように、日本剃刀(かみそり)でしずしずと剃ってくれると思っていました。
けれどその別室には、かわいらしい若いお嬢さんが一人ちょこんと座っていて、金屏風の前に白い布をかぶせた机が一つ置いてあるだけです。
その女の子が私の顔を見上げ「あら、今日得度なさるのはあなたですか」と言うので「はい私です」と答えると、彼女は「どうしよう」と言って真っ赤になってしまいます。