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「いや私、瀬戸内さんの頭なんか剃れないわ」瀬戸内寂聴、涙の剃髪…誤解を招いた“思わぬハプニング”

『老いて華やぐ』より #2

2022/04/06
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瀬戸内寂聴が涙を浮かべた理由は…

「あなたはどなた」と訊くと「私はこの中尊寺のすぐ近くの散髪屋の娘だけど、おとうさんが朝起きて、今日は中尊寺でどっかのばあさんが尼さんになるから、女だからお前、行っといでっていうので私が来ました」と言うのです。

「もしかしたら瀬戸内さんじゃありませんか。いや私、瀬戸内さんの頭なんか剃れないわ」と言って、その人がまごまごします。

 そんなことを言ってもその女の子一人しかいないので「もうそんなこと言わないで剃ってちょうだい」と言うと、電気バリカンでバリバリバリッと剃られてしまいました。

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 私はまさか電気バリカンで剃られるとは思わなかったので、内心可笑しかったのですが、バリカンに長い髪が引っかかり痛いのなんのったらないのです。

 私は痛さに涙を浮かべましたが、のちの週刊誌の報道では「瀬戸内晴美は中尊寺で剃髪するときにはよよと泣き崩れた」とか「ホロリと涙を一つこぼした」などというのがありました。それは真っ赤な嘘です。私は痛さに涙をにじました程度で、そんなロマンチックでセンチメンタルな気持ちなどになっている暇がありませんでした。

老いて華やぐ (文春文庫)

瀬戸内 寂聴

文藝春秋

2022年4月6日 発売

「いや私、瀬戸内さんの頭なんか剃れないわ」瀬戸内寂聴、涙の剃髪…誤解を招いた“思わぬハプニング”

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