瀬戸内寂聴さんは1973年、51歳で出家して僧侶となりました。その理由を著書『老いて華やぐ』では「もう一度自分の根に帰り、ルーツに戻って、そして生き生きとした喜びを持って暮らし直したいと思いました」と説明しています。
ここでは、瀬戸内寂聴さんが愛や生、そして老いについて語り下ろした同書より一部を抜粋。実は予想外なことばかりだった、出家前後の心境について語った内容を紹介します。(全2回の2回目/前編を読む)
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今東光先生にお目にかかる
昭和48年8月22日のことでした。
そのとき今先生は東京の仕事場のマンションにいらっしゃいまして、そこへ私は訪ねてまいりました。今先生は、真っ赤なトレーニングウェアを着て、頭がツルツルしていてまるでタコのように見えましたけれども、「今日はどうしたんだ」と私を優しく迎えてくれました。
私は通されたところで「今日は大切な一身上のお願いがあって伺いました」とご挨拶しました。そうすると今先生はそれ以上お聞きにならないで、奥様に「今日は、瀬戸内さんが何か知らないけれども大切なことで見えたようだから、今家にある一番良いお香を焚いてあげなさい」とおっしゃいました。
奥様はやがてお線香に火をつけて持ってみえられ、私と今先生の間に香炉を置き立ててくださいました。
「仕事場だから良いお香がないんだけれど、ここにある一番上等のお線香だよ。これは伽羅(きゃら)だよ。お香を焚くということは、この部屋を清めたということになるんだ。だからここは仕事場だけれども、お香を焚いて綺麗に清めてあげたからさ、あなたの言いたいことを言いなさい」