パンデミックの中で見た人間の希望
「帝国を維持するために香君という装置があり、しかも、その香君が人並み外れた能力を持ってしまっている場合、何が起きるのか。やはり、神として祭り上げられてしまうだろうし、その方がシステムはうまく回っていくでしょうね。更に、それによって利益を得る人たちがいると、歯車がカチッと噛み合ってしまう。
そうしていったん創りあげられた強固なシステムは、壊すのが難しくなるし、しかも壊れたら大変恐ろしいことになるわけです。一点集中した強い力が破壊を起こす時、それを止めることはとても難しい」
異世界を舞台にしていても、この人が描く物語は、来るべきカタストロフィーの予言であり、私たちは今、何ができるのかという示唆に富んでいる。
「『鹿の王』を書いていたとき、まさかパンデミックが現実に起こるとは思っていませんでした。パンデミックが起きたとき、ウィルスの遺伝子情報が世界に共有されるや、世界中の学者たちが一斉に物凄い勢いで論文を発表し始め、互いに情報共有を始めたことが、私には、とても印象的でした。パンデミックは人類全体の問題で、人類全体の知性がひとつのものに対して何とかしようとして動いているというのを目の当たりにして、つらい現実の中でも、人間にはこういうかたちの希望もあるんだな、と感じました。
もちろん、一発で即時解決! というような力は、人間にはありませんが、それでも、少しずつでも事態の改善を目指すことはできる。人類は、多分、これまでもそうやって様々な災害から生き延びてきたのでしょうね。
常にいいもの、常に悪いものというのはなくて、たいていは長所が反転して欠点にもなる。この物語のオアレ稲も異郷からもちこまれ、恵みをもたらした一方で、災害の引き金になるわけですが、何か新しいものが外からやってくることによって、私たちの生活も変化し続けてきた。その時にどう対応し、どう共存できるのかを観察し、想像し、知識を総動員して次の一手を模索することが希望に繋がっていく。変わらない世界はありません。変わっていくことも、私たち人類が対面せざるをえない世界のひとつのかたちなのだと思います」