上橋菜穂子さんの待望の新刊『香君』が上梓された。長編小説としては『鹿の王 水底の橋』以来、3年ぶり。新たな物語を描いた作品としては、本屋大賞を受賞した『鹿の王』以来、実に7年ぶりの作品ということになる。上橋さんにとって、この7年は、人生の節目と言える激動の日々でもあった。(全3回の1回目。2回目、3回目を読む)
窮地を支えてくれた作家仲間
「父と母を見送ったのですが、母の闘病に付き添ったときは、父の介護もあったので、まったく書くことができませんでした。母を送った後、『鹿の王 水底の橋』と守り人シリーズの番外編にあたる『風と行く者』というふたつの物語を書いて、2019年くらいに『香君』を書き始めたんです。でもその頃から今度は父の体調が悪化して、誤嚥性肺炎を繰り返すようになり、執筆を中断せざるをえませんでした。父を送ったのが2020年の4月、ちょうど緊急事態宣言が出た次の日で、今度はコロナにまつわる様々で、心身が不安定になり、書けない時期が続きました」
そんな窮地を支えてくれたのが作家仲間であり、鼎談集『三人寄れば、物語のことを』という共著もある佐藤多佳子さんと荻原規子さんのふたりだった。
「私がメンタルを病まないように、週1回zoomデートをして、心の支えになってくれたんです。彼女たちと作家あるあるの話をしゃべったり、秘書さんズや友だち連中と電話であれこれ話したりするうちに、少しずつ心が前向きになっていきました」
2014年には児童文学のノーベル賞と言われる国際アンデルセン賞を受賞。上橋さんが描く物語は、NHKでドラマ化された『守り人』シリーズをはじめ、大人から子供まで幅広い読者に支持されてきた。
今春、映画が公開された『鹿の王』では、謎の疫病が蔓延する社会を描き、奇しくもパンデミック後の世界を先取りした感がある。異世界ファンタジーでありながら、物語の根底に文化人類学者でもある上橋さんの今の世の中に対する深い視座があることが、読者を惹きつけてやまない理由のひとつだろう。2020年には文化人類学の知と想像力を生かした一連の著作活動により、第15回日本文化人類学会賞を受賞している。