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戦争中に『のらくろ』が果たした“知られざる役割”…“まんが”は戦争にどのように利用されたのか

戦争中に『のらくろ』が果たした“知られざる役割”…“まんが”は戦争にどのように利用されたのか

『大東亜共栄圏のクールジャパン 「協働」する文化工作』より #2

2022/04/15
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汽車や船に乗り遅れ、出発を繰り返す「のらくろ」

「のらくろ」シリーズは、雑誌連載では出世するごと、あるいは作戦ごとにタイトルが変わる。退役後は「のらくろ大陸行」(1939年6月号~8月号、夏の増刊号)、「のらくろ出発」(1939年9月号)と出発前に実に5回を費やしている。汽車や船に乗り遅れるのである。

 大陸に渡ってからは「のらくろ大陸」(1939年10月号~12月号)、「のらくろ探検隊」(1940年1月号~12月号)、「のらくろ鉱山」(1941年1月号)と1度だけタイトルを変え、再び「のらくろ探検隊」に戻り、1941年2月号から突然休載した9月号を挟み10月号まで続く。終了のタイミングが「義坊」の終了とほぼ重なることは前編で記した。

 雑誌「開拓」ではまんが「義坊」終了後も田河の満洲報告は掲載されるから干されたとまではいえないが、2作品が同時打ち切りである事実は動かない。

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 このような流れの中で当初、5回にわたって出発を繰り返しているのはどう見るべきか。大城のぼるが満洲における鉱物資源についての文化映画的作品を求められ、その「資料」が集まったもののさっぱり描けない、という楽屋オチで冒頭数10ページを費やした『愉快な鉄工所』(1941年)を国策まんが執筆への「抵抗」と評価したことがある以上(大塚英志『ミッキーの書式』角川学芸出版、2013年)、田河にも同様の可能性を見てとらねばフェアではないが、果たしてどうか。

 この出発の遅延は大陸編の連載の中途で単行本として先行刊行された『のらくろ探検隊』(大日本雄弁会講談社、1939年)にも同様に描かれている。これが国策加担への田河の躊躇の反映だったのか、あるいは渡満日程のタイミング待ちであったのか判断する材料はない。

「のらくろ」退役後の迷走

 しかし大陸に渡った後も「のらくろ」の行動は定まらない。当初は「視察」系まんが家同様に、大陸の風俗習慣について記すのが「のらくろ大陸」である。そしてようやく鉱物資源の国家のための必要性を図書館で知るに至り、「探検隊」シリーズで朝鮮半島出身の犬、中国出身の豚、おそらく満洲およびモンゴル出身の山羊と羊の5名、つまり「五族協和」のメンバーからなる探検隊で鉱物資源を探しに行く。満洲での鉱物資源開発は先の大城が『愉快な鉄工所』で同じ時期に求められた主題である。大城は鉄工所をつくる代わりにアニメの中に工場をつくるという「抵抗」を示すが「のらくろ」は金鉱を発見する。

 途中、1話だけタイトルが変更された「のらくろ鉱山」では、かつての上官の子供2人が義勇軍に加わっていて「のらくろ」の元を訪ねてくる挿話が挟まれる。