「もり蕎麦」は超立体的、そばの香りが際立つ
どうしても「もり蕎麦」が食べたくなり追加で注文した。同様の麺茹での工程を経て、登場した姿の美しいことこの上ない。横からせいろをみると、そばが超立体的に盛り上がっている。麺線が大変美しい。しかも、モンゴル岩塩が添えられている。「まず、塩をかけて食べてみてください。そばの香りが引き立ちます」と山根店主がいうので、言われるとおりに食べてみる。すると、圧倒的なそばの香りが際立つ。こんなにいい香りなのかと思わず叫ぶ。
そして、辛汁は程よい甘さだが、「冷やしたぬき蕎麦」のそれほどではなく、そばを楽しむゆとりが感じられる。この「もり蕎麦」も抜群のうまさだ。そば湯をもらって至福の時間と余韻がしばらく続いていた。
こんなにうまいそばを提供している山根店主だが、話を聞くと店の成り立ち、メニュー誕生の秘密など実に面白い人生を歩んできたようだ。
「飲食店の経験ゼロ」でそば屋を開業
ちょうど山根店主の手が空いたところで、どこで修行したのか尋ねると、「実はそば屋で修行したことも飲食店の経験もまったくない」という。「そば好きでよく食べていたが、まさかその後、自分がそば屋をやるとは全く思っていなかった」というのだ。これには驚いた。そこには次のような経緯があったという。
山根店主はそば屋になる前は医療系会社の営業をしており、転勤もあったため、そばに限らず、全国のうどん、ラーメンも食べ歩いていたという。うまいそば屋があると持ち前のコミュニケーション力で、「どこのそば粉を使っているのか?」「配合は?」「返しや出汁の取り方は?」などと質問して教えてもらっていたという。もちろんその時は、そば屋になることなど全く考えておらず、趣味の延長としてであった。
ところが、突然退職することになった。通常は焦って次はどこに就職しようかと考えるところだが、山根店主は退職後、なんと性能のよい新品だと数百万円もする高価な業務用の製麺機を購入してしまったというのだ。しかも「性能など調べないでネットオークションでポチリと買ってしまって、落札しました」と山根店主。まさに衝動買いである。この時の奥さんの反応は「は~っ?って感じで呆れていた」という。まあゴモットモである。
しかし、奥さんの反応などどこ吹く風で、山根店主は「この製麺機を使って、信州八ヶ岳産のそば粉で大好きなそばでも製麺してみようとわくわくしていた」そうである。
ところが、その製麺機が来て驚天動地。自宅に入らないほど巨大なもので、しかもほぼラーメン専用の製麺機だったというのだ。これには正直焦ったという。しかも製麺機の購入は2021年1月、つまり店を開業するわずか3ヵ月前のことだったのである。