昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

有吉弘行が異例の再ブレークを果たした“納得の理由” 業界関係者からは「批評性や並外れた話術は全然なかった!」という声も…

『藝人春秋』より #2

2022/04/18

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 芸能

 現在、多数の冠番組を持ち、テレビやラジオで大活躍を続ける有吉弘行氏だが、猿岩石での大ブレーク後は、表舞台でその姿を見ることがほとんどなくなっていた。一発屋芸人と呼ばれるようになった彼を、周囲はどのように評価していたのか。

 ここでは、水道橋博士氏が芸人たちの濃厚な生を描き切ったエッセイ『藝人春秋』(文春文庫)の一部を抜粋。関係者が見た芸人・有吉弘行氏の底知れぬ実力について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

有吉弘行氏 ©時事通信社

◆◆◆

藝人春秋の推薦文に『困るんだよなぁ……』

 2012年末に自著『藝人春秋』を書き上げ、帯の推薦文を誰に頼むか、出版社と協議していた時、ボクは有吉くんの名前を挙げた。

 その意想外の人選に驚きを隠せない様子のスタッフに対して、「彼は本を読むだけでなく文脈も正確に読み取れている人」であることを力説した。

 しかし、売れっ子タレントの年末進行の忙しさは生半可なものではなく、誰もが無理だと危惧したが、結果、彼は引き受けてくれた。

 それまでに個人的なパイプがあったわけではない。

 つながりと言えば、唯一、スタイリストさんが同じということくらいで、にもかかわらず、彼は一度も声を交わすこと無くゲラを読み、帯文を書いてくれた。

困るんだよなぁ…… あのクズ野郎のことで泣きそうになった。  有吉弘行

 彼らしい一文を直筆でいただいた。(正確には2文を1文にまとめた)

 しかし、その後も一度も会っていない。

 そういう流れもあり、有吉くんに対する観察は、以前にも増してより興味深くするようになった。この頃は折りに触れ、識者の有吉論を聞いている。

芸人の弟子募集に応募してきたのが当時高校3年生の有吉だった

 2012年11月26日─。NOTTVというスマートフォン向けテレビで『テレビをほめるYESTV』という番組を始めた。その第1回のこと。

 共演者にテレビプロデューサーの土屋敏男、ダウンタウンの番組などを数多く手掛けてきた放送作家の倉本美津留のお二人が揃った。

 土屋さんは、『電波少年』で猿岩石をヒッチハイクさせた張本人、今や有吉くんから「金髪豚野郎」と命名されている。

土屋敏男氏 ©文藝春秋

 しかし意外なことに、倉本さんの方が「有吉をいちばん最初にテレビ出したのオレやからね」と言い出した。土屋さんも、その事実を知らない様子。

「昔、『11PM』の後継の『EXテレビ』(読売テレビ)って生番組で、芸人の弟子募集というのやってたのね。それでオール巨人さんの弟子を公開で募集して……」

 その時に応募してきて合格したのが、当時高校3年生の有吉くんだったのだ。