昨日お母さんが寝ていた部屋は
ジャーーーーー!!
勢いよく流れる洗面所の蛇口から水が流れる。
Yさんは何度も冷たい水で顔を洗った。
洗面所から出たときに、ふとFさんのお母さんが昨日寝ていた部屋が目に入った。
「お父さん、こっちの鞄も持っていくの?」
チュンチュンチュンチュン。
「うん、それもこっち持ってきて」
廊下の向こうから二人の声がし、外からは鳥の鳴き声がする。
Yさんはどうしても気になってしまった。
そして、お母さんが寝ていた部屋の扉を開けた。
そこは物置だった。
広さも全然違う、全く別の部屋だった。
床に何かが貼ってあった。
昨晩感じた寒気と動悸が再び駆け上がって来るのを感じ、つばがうまく飲み込めない。
床には人間と同じぐらいの大きさのダンボールが、無造作にガムテープでベタベタと貼り付けられており、そこには太いマジックで、下手くそな人間の女性の絵が描き殴られていた。
バタン! Yさんは、慌てて部屋のドアを閉めた。
「先輩、何やってるんですか~?」
物音に気がついたのか、Fさんが廊下の向こうから声をかける。
「いや、なんでもない! すぐ出るからー!」
Yさんは必死に調子を合わせ、慌てて2階に上がって着替え、荷物を掴んで1階に駆け下りた。
「じゃあ、また大学でね……」
目を合わせずにYさんが声をかける。
「ほんとごめんなさい、先輩」
「じゃ、私たち急ぎますんで」
Fさん親子はそう言って、外の明かりしか差し込んでいない、薄暗い廊下を歩き出し、あの奥の和室に入ってしまった。
パタン。
Yさんは、その襖に向かって立ち尽くしていた。
フフッ……。
クククク……。
アハハハ……。
数人の含み笑いが聞こえ始めた。
Yさんは走って家を後にした。
「大丈夫なの、あの家の人たち?」
庭の草木は生い茂っており、昨夜訪れたときとはまるで違っていた。
家から離れ、畑がそばにある道を走っているうちに涙が出てきてしまい、立ち止まってしまった。
気分が悪い。頭が回らない。これは現実か?
「あんた、大丈夫かい?」
気がつくと目の前に犬の散歩をしていたおじいさんがいた。
「あ、はい、すみません……」
「あんた、Fさんところの家にいたの?」
「え?」
「大丈夫なの、あの家の人たち?」
「すみません、よくわかんないです! すみません!」
Yさんは逃げるようにその場を後にした。
その日以来、Fさんが大学に来ることは一切なかったそうだ。
(文=TND幽介〈A4studio〉)