――今回の戦争は、SNSが大きな影響を及ぼしたという意味で特筆すべきものです。ウクライナは侵攻を受けた国としては、史上もっともネットに繋がった国(国民の75%がネットに繋がっている)です。大量のリアルタイムの情報が人々の手元に届くわけです。
砂川 技術って基本的に中立ですよね。いま、SNSがもたらす一番の問題は、お互いがお互いの世界観の中でだけで完結してしまうことではないでしょうか。SNSで虐殺や、人道的に許容できない戦争犯罪を発信しても、それがもう一方の陣営に届く数は限られているのが現状です。
仮に相手方へ届いても、プロパガンダと捉えられてしまうことが多い。逆に、自陣ではその情報が駆け巡って、戦線とは関係のない反対陣営の市民に対して憎悪を募らせる。
もちろん相手方は相手方で「これは侵略に対する防衛だ」と喧伝して、それを自陣営で共有し、ますます硬化していく。テクノロジーは確かに、重要なファクターだとは思いますが、単にSNSや新しいテクノロジーの登場が戦争を終わらせるとは考えにくいですね。
個人の思想に対して攻撃を加えて、その人自身を武器とする
――すると、戦争は今後どのように変化するのでしょうか。
砂川 最初に申し上げた通り、しょせんは一兼業作家の戯言に過ぎないという前置きをさせていただいたうえで(笑)、今後は「個人」の価値観とか国家の信頼に対する攻撃が、より一層増えるのではないでしょうか。
今回の件は、ロシアの侵攻という明らかな争点なので分断は起こりにくいですけれども、例えば中東からの難民の受け入れや権利に関する部分、税制やEU加盟国内での経済的な負担などの場合は今回のように一枚岩で結束することは難しいのではないでしょうか。もっと突き詰めると、国家や制度に対して信頼を持たない個人を教唆するような形の攻撃が、それこそSNS等を用いて行われる可能性があると思います。
パリの週刊新聞社、シャルリー・エブドの2015年の襲撃事件も、シリアで危険思想に染まった犯人がフランスに戻り、事件を起こしたわけです。フランスでは規模こそ異なれ、たびたびそういうことが起きていた。だからこそフランスはシリアに対する空爆は積極的で、一方で米軍はなかなか参加しなかった。これも捉えようによっては、個人の思想に対して攻撃を加えて、その人自身を武器とするような戦い方といえるのではないでしょうか。
――最近出た『SPIN DICTATORS』(Sergei Guriev、Daniel Treisman)という経済学者らの本では、独裁者は暴力と嘘を駆使して人々をコントロールしてきたけれど、現代の独裁者はかつての独裁者より暴力ではなく「嘘」を駆使している、と分析しています。「嘘」を使い、人々の思考に影響を及ぼすということでしょうか。
砂川 世界観への働きかけには二つの側面があると思います。自国の領域の中にいる人間を「教化」していくという側面と、もう一つは、別の世界観の陣営に所属している人間をもう一方の世界観に引き込み、元々あった世界観を破壊させる、という二面です。