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カウント3―0からの勝負

 僕も現役時には、いろいろ考えた。その結果、ボールカウントや配球についての新しい発想にたどり着き、強打者に対するときのマインドセットに変化が起きた。

 たとえば、当時のセ・リーグを代表する打者である巨人の松井秀喜選手の攻略法は、それまでの常識とは大きくかけ離れたものだ。

 カウント3―0にしても構わない。

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 なぜか? 松井選手と対戦すると、3ボールになった方が、かえって投球の組み立てがしやすくなるのだ。ただし、スワローズ・ファンの人には心配をかけたと思う。おい髙津、ストライク放らんかと思っていたはずだ。

 3―0になった場合、十中八九、いや、すべての人が、打者有利だと思うはずだ。ところが、僕にとってはそれが違った。かえって、このカウントの方が投手に有利に働くこともある、というのが野村野球の発想だ。

 野村監督は、0―0からはじまって3―2までの12種類のカウントのすべてについて、打者とバッテリーの心理分析を行った人だが、その分析は対戦する打者との関係性において、無数に変化していく。

 ジャイアンツの主砲である松井選手の場合、3―0になると、次の球を必ず見送るのである。それは主軸としての責任、仕事だろう。主砲が3―0からぼてぼての内野ゴロを打ったら示しがつかない。打線の士気にも影響を及ぼしてしまう。

 そこで、僕はこう考えた。とても簡単に、ひとつストライクが取れる。

 実は、初球から勝負に行ったりすると、3―1というカウントにはなりにくい。松井選手ほどの打者だと、早めに決着がついてしまうからだ。

 そして3―1であれば、次の組み立ても楽なのだ。このカウントになると、松井選手はバットを振ってくる確率が高くなるので、彼が手を出しそうなところ、ヒットゾーンから少しずらしたところに投げる。最良のプランとしてはこれでファウルを取って、フルカウントにもち込む。

 これで、3―2。読者のみなさんは、3―2になった場合は、どう考えるだろうか。きっと、打者有利と考えるのではないか。ここで野村監督の教えが生きる。監督はこう話していた。

「プロのバッターには三振したくないという心理が働くから、際どい球は振ってくる。この相手心理を生かせば、投手有利になるぞ」

 たしかに、その通りだった。フルカウントから際どいコースの球を見逃して、三振を取られることほどつらいことはない(ピッチャーにとっては最高)。だからこそ、打者はプライドをかけてバットを振ってくる。

 僕の場合、松井選手に対したときは、その日の球審との相性も考慮して、次の3パターンを考えていた。

(1)本当にギリギリのところに投げ、見逃しの三振を取る。
(2) 打者心理を利用し、低めのストライクゾーンからボールになるシンカーを投げて、空振り三振を取る。
(3) 相手が待っていそうなゾーンから少し外れたシンカーを投げ、引っかけさせて内野ゴロに打ち取る。

 要は、フライボールを打たせない配球である。どれだけビッグデータによって野球が発達しようとも、打者心理を利用した配球は、いまだに有効である。