私たちはなぜ書くのか?
岸田 そういえば、今はもう書き込みできなくなっちゃったんですけど、氷川きよしさんのインスタのコメントがすごかったんですよ。ふつう、芸能人のSNSって、ファンからの一方的な愛が書き込まれているじゃないですか。
氷川さんのインスタは、最初のひと言はキーちゃんの近況なんですけど、それをきっかけに、「今日は私もこんなものを買いました」「素敵ですね! 私のお気に入りはこれです!」と、キーちゃんなしでもファン同士が愛を次々と送り合っている。愛が循環しているんです。究極のエコシステム(笑)。しかも母性という一番ベタついた愛を、皆さん幸せそうに。ひとつの理想の形だと思います。
川内 すごい! 見てみたかった(笑)。
岸田さんがウェブサイトやSNSで日々書いているのは、どうしてなんですか? 書くことでご自身が救われていく、みたいな感覚があるんでしょうか?
岸田 私は、執着を手放すために書いているんです。だから、書いたことは忘れてしまう。川内さんは?
川内 …なんでしょうね。その時々でいろんな答えがあるんですけど、私は、自分のために書いている感じがします。モチベーションが「伝えたい」よりも、自分の中の悩みやモヤモヤと「向かい合いたい」みたいにもっと手前にある気がする。
岸田 人って、自分の心の中の折り合いのつかないもの、モヤモヤしたもの、理不尽なものを、ちゃんと言葉にしてくれる出会いをずっと求めているんだな、って思ったんです。それは、人であったり、本であったり。私にとっては、川内さんの今回の本は、すべての章に気づきがある、嬉しい出会いでした。
川内 私は40代の半ばまで、障害や差別のことをあまり考えず生きてきたから。なんかその恥ずかしさも含めて、本にしたかったんですよね。くだらない会話をいっぱい書いちゃったけど。
岸田 それ大事でしょう。「目の見えない人とアートを見にいくときはこれを読んだほうがいいですよ」という本ではないのがいいんです(笑)。私の美術鑑賞へのハードルもぐっと下がりましたし。
川内 役に立ってよかったです(笑)。
(文:剣持亜弥、撮影:市川勝弘)
岸田奈美(きしだなみ)
1991年、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。 在学中に株式会社ミライロに創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラムグローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。 著書に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』『傘のさし方がわからない』(共に小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)がある。
川内有緒(かわうちありお)
1972年、東京都出身。日本大学芸術学部卒業後、渡米。ジョージタウン大学で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞を、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞。近著に『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)。白鳥建二さんを追ったドキュメンタリー映画『白い鳥』の共同監督。 小さなギャラリー「山小屋」(東京・恵比寿)を 家族で運営。