わずか22歳にして、アメリカ合衆国第46代大統領就任式で自作の詩を朗誦し、一躍時の人となったアマンダ・ゴーマン。全世界に感動を与えた彼女の詩が、なぜ後に国際問題に発展したのか?
『わたしたちの登る丘』から一部を抜粋。日本版翻訳者の鴻巣友季子氏による解説をお届けします。(全2回の2回目/前編を読む)
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アマンダ・ゴーマンとは何者か
2021年1月20日、22歳の詩人アマンダ・ゴーマンはアメリカ合衆国第46代大統領就任式で自作の詩を朗誦し、一躍時の人となった。1998年、ロサンゼルスに生まれ、学校教師でシングルマザーの母に育てられた彼女は、米国議会図書館の支援で世に認められて花開くまでは様々な苦労を経験してきた。名望を得た今でさえ、黒人であることで差別を受けるという。そんな若き詩人がアメリカのこれまでの苦難や人種・階層の分断、これから目指す道や団結への希望を、力強いメッセージをもつ詩にうたいあげ、圧倒的な「声の芸術」として聴衆に届けた、それがこの就任式の詩誦である。
ゴーマンはいまの雄弁さからは想像がつかないが、幼少時は発話障害に悩まされもしたという。今回の詩にも歌詞が引用されているミュージカル『ハミルトン』中の歌を繰り返し聴いて、Rの音を矯正したとも聞く。このミュージカルは米国独立戦争時にジョージ・ワシントンの副官を務めたアレグザンダー・ハミルトンを主人公に据えて建国の歴史を描いた作品だ。
異色なのは、全キャストが有色人種の役者によって、全編ラップで歌われるということ。本作のプランを当時の大統領オバマ氏が初めて聞いたとき――本人いわく――その破天荒さに笑ってしまったという。アメリカを建立した白人たちの物語を、そのために奴隷として連れてこられた黒人、およびヒスパニックだけで演じるという、刺激的かつ鋭利な批評性。しかし『ハミルトン』は空前の大成功をおさめ、オバマ氏はのちに、「あの時は笑ってしまって、本当にすみませんでした」と、同作の演出家リン=マニュエル・ミランダに直接謝った。