私も同じクチ、である。尾崎のデビュー時には夜討ち朝駆け取材に明け暮れ、よいリスナーではなかった私は、弟から教わった尾崎の曲を聴くうちに虜(とりこ)になった。とくに、「シェリー」(作詞・作曲 尾崎豊)。
♪シェリー みしらぬところで 人に出会ったらどうすりゃいいかい
シェリー 俺ははぐれ者だから おまえみたいにうまく笑えやしない♪
精神科医で歌手のきたやまおさむは、著書『帰れないヨッパライたちへ 生きるための深層心理学』の中で、この詞にふれている。
「彼は世界中が自分のことについてしゃべっているようだけど、いいことばかりは言っていないなと感じたときに、恐怖を感じるような対人恐怖症的心性、あるいは被害妄想的心性を経験したのではないか」
無防備で不特定多数の人前に立つシンガーのような職業人は、人工的なナルシシストや職業的な二重人格者になる、ときたやまは分析する。
東京ドームコンサートの前日にキムチを平らげる
覚醒剤でやつれる尾崎を支えた妻の繁美は、著書『親愛なる遥(とお)いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々』(1998年、東京書籍刊)で尾崎の幻覚妄想などを再現した。
「孤独なニューヨークの街から精神的にダメージを受けたのかもしれない。だから薬に手を出し、彼が抱えているすべての悩みから解き放たれたかったのだろう」
繁美が浮気をしたと疑って何度も殴り、鏡を見て歯磨きをする妻に「もうひとりの自分に向かって何を話していたんだ!」と怒鳴る尾崎の目は完全にすわっていた。
1988年の東京ドームコンサートの1週間ほど前、急に「キャンセルする」と言い出し、「覚醒された世界から」妻を見つめた。かと思うと2日で現実の世界に戻り、リハーサルで声を枯らした。
ところがまた前夜、「喉に悪いよ」と繁美が止めるのも聞かず、「どうせ明日はキャンセル」と冷蔵庫のキムチを平らげた。
私は今、その東京ドームライブ2枚組CDを手元のラジカセで聴きながら、この原稿を書いている。なんということだ。
こうした尾崎の言動は精神医学的に「境界性パーソナリティ障害」(BPD)と診断されうる。
「境界性パーソナリティ障害」からの魂の叫び
BPDは対人関係や自己像、感情の不安定さが著しく、衝動性の強い性格の者が以下の9項目のうち5つ以上満たす時に診断される。
1.人に見捨てられることを極端に恐れる。2.相手への理想化とこき下ろしの極端な揺れ、3.不安定な自己像、4.自己を傷つける2つ以上の行為(浪費、性行為、物質乱用、無謀運転、過食)、5.自殺行動、繰り返す自傷行為、6.短期的な感情の不安定さ、7.慢性的な空虚感、8.不適切で激しい怒り、9.ストレス関連性の妄想や重い解離(自分の行動の記憶をなくす。ひどいと多重人格となる)