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「展示室を開いていいのか」シベリアの都市と友好締結してから46年…“ロシアとの友情”を深めてきた自治体の苦悩

「展示室を開いていいのか」シベリアの都市と友好締結してから46年…“ロシアとの友情”を深めてきた自治体の苦悩

岐路に立つ“ロシア交流” #1

2022/05/19

genre : 社会, 国際, 歴史

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 青年団のリーダーだった時、森元町長に誘われてシェレホフ市との交流に関わるようになった能美シェレホフ親善協会の高田龍藏理事長(79)は「将来の平和のためには、子供を国際派に育てていかなければならない」と、森元町長がよく話していたのを覚えている。平和の実現には互いの人づくりこそ重要だと考えていたのである。

 旧根上町時代には、根上中学校から20人以上の使節団が渡航していた時期もある。能美市になってからは、市内の3中学校から2年生がそれぞれ定員4人までで選ばれ、夏休みに入ったばかりの7月後半に1週間、シェレホフ市を訪れる。夏休みが早いシェレホフ市からは毎年6月末に同年代の使節団を迎える。

シェレホフ市から最初の子供達の使節団が訪れた時、森茂喜・元根上町長は病床にあった

ロシアの子供達にとって「日本」とは?

 新型コロナウイルス感染症が流行した2020年からは相互訪問を見合わせているものの、能美市側からは通算37回もの使節団を派遣した実績がある。佐々木紀・衆院議員(石川2区)もかつての団員の1人で、親善協会の記念誌には「(派遣に当たって)森町長が熱い思いを語られ、両市の交流が将来の日ロ関係にいかに大きな意義をもつことになるかを話されたのを今でも忘れません」などとする文章を寄せている。

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 シェレホフ市との窓口になっている能美市国際交流協会のロシア人職員で、多文化共生マネージャーのブシマキン・バジムさん(38)は「シェレホフ市では能美市以上に使節団への参加が人気です。ロシアの子供達にとって日本は知らない世界で、どんなところか実際に行ってみたいし、友達になりたいと考える子が多いのです」と話す。

 長い交流だけに、大人の訪問団への参加も含めると、シェレホフ市では4代にわたって能美市を訪れている一家もある。シェレホフ市からの訪問団は毎回、「友情の森」と名付けられた日本海沿いの土地に植樹をしているが、本数が増えすぎて拡張の必要性に迫られているほどだ。使節団員に選ばれたのがきっかけで日本語を学び、日本の研究者になったり、石川県の国際交流員として訪日したりした人もいる。

交流開始のごく初期に、旧根上町に来た訪問団が植樹したと見られる木。根もとに木製の標識が立っているが、字が消えて読めない。ブシマキンさんが当時の写真を照合して“発見”した

 滞在時に特別なことをしてきたわけではない。互いに学校訪問やホームステイ、演奏の披露、博物館見学などといった定番のメニューをこなす。それでも子供達への影響は極めて大きく、能美市役所の前田あす香・観光交流課長補佐は「ひと回りも、ふた回りも大きくなって帰って来ると話す保護者がいます」と言う。

 なぜなのか。前田さんは「ロシアは未知の世界だから」と考えている。

「ロシア人は冷たいと思っていたけど……」

 生活習慣や文化が違うだけではない。ロシア語は世界の言語でも難しいとされており、英語が堪能な前田さんもロシア語の習得には音を上げたほどだ。「英語や中国語なら聞いたり見たりしたことがあるので、ある程度は想像ができます。ところが、ロシア語は事前に学習して訪問したとしても、それまで見たこともなかったキリル文字です。子供達は生まれて初めて『分からない』という経験をして、成長するのです」と語る。

 隣国であるにもかかわらず、遠い国。帰国した子供達が異口同音に語るのは、ロシア人の「優しさ」だという。「ロシア人は冷たいと思っていたけど、全然違った」と話す子もいる。

 前田さんの部下でシェレホフ市との交流を担当している中村延栄(のぶえ)主査は、その気持ちがよく分かる。同じような体験をしたからだ。

 中村さんは日本の市役所では珍しいロシア語ができる職員だ。市がシェレホフ市との交流を進めるために、わざわざ養成したのである。