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 ランドセルを背負ったままの聖子の顔は真っ赤。これまで学校での出来事を自分から話したがらなかった子が体を震わせ、今にも泣き出しそうだった。

「ひどいよね。タカギ、最低だよ」

 一緒に学校から戻ってきた同級生の景子ちゃんも相づちを打っている。

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 タカギ――。

 聖子が通う「あさがお学級」の担任だ。まさか小学校の先生がそんなことをするのだろうか。パニックで何も言えない私に、聖子は続けた。

「頭たたかれたし、怒鳴られたし。勉強ができないとか、頭が悪いとか言われたし、笑われたりしたんだよ」

「うん、1回、おうちへ入ろうね」

 聖子をそっと抱きしめ、おやつを用意してあったリビングに2人を入れた。時計を見上げると、景子ちゃんと一緒に通っている学習塾の開始時間が迫っていたが、高まる鼓動を抑えることができない。

 景子ちゃんも預かっているし、とにかく塾に送って行かなくちゃいけない――。

 そう自分に言い聞かせて、ステップワゴンのエンジンをかけた。

3カ月前に「高木先生」と出会ったきっかけ

 高木先生に出会ったのはこの3カ月前だ。

 あさがお学級は、新設された市立小学校の特別支援学級。障がいのある1年生から6年生までの10人を、5人の先生で受け持っていた。2人の担任と3人の補助教員の5人チーム。「担任」の1人が高木先生だった。

 3人姉妹の次女である聖子は、生後11カ月の時に旅行先で麻疹にかかり、その後遺症が残った。記憶力は同じ年齢の子どもたちと変わらないが、状況の意味を理解したり、表現したりすることが苦手だった。

 それでも、5年生までは別の市立小学校の「普通学級」に通っていた。同級生となじめず、「特別支援学級に移らせた方がいいのかしら」と悩んだ時期もあったが、障がいのある子どもの発達を支援する市の療育相談の石坂先生からこんなアドバイスを受けていたからだ。

「うちの市は補助教員を手厚く配置しているので、障がいのある子どもたちも普通学級に通っているケースが多いんです。特別支援学級は重度の障がいの子どもが多いので、逆に聖子ちゃんが浮いてしまってかわいそうですよ」

 5年生では、聖子のことをきめ細かに見てくれる担任の先生ともめぐりあった。理解度に合わせた学習プリントを用意してくれる。小学校に上がってから、聖子は最も順調な学校生活を送っていた。

 家族も街に溶け込み、マンションの自治会長になった夫は、家族ぐるみの餅つき大会やハゼ釣り大会を次々と企画していた。聖子がほかの子どもたちと芝生を駆け回る姿を眺めながら、スモークベーコンを焼くグリルを囲んでみんなで飲むビールは最高だった。

「このまま無事に小学校を卒業できればいいね」

 3人の娘たちが寝静まったリビングで夫とも語り合っていた。

 ところが、前年の秋に市から新設校へと転校するよう、熱心な勧誘が始まった。口火を切ったのは石坂先生だった。