「先生、何か言っていた?」
「『この頭が悪いんでしょ』と言ってた」
「先生、どうやってたたいたの?」
「こうやって」
聖子は平手で自分の頭をたたいた。
「お母さん! もう、お姉ちゃん、可哀想だったよ!」
千春はまくし立てるように聖子に代わって、聖子がたたかれた状況を説明し始めた。ガラス越しにプールサイドを見渡せる体育館から目撃したという。聖子は目を合わさず、体も横に向けたまま、ぐーっと髪の毛を引っ張っている。聖子から話を聞き出すのは難しそうだった。
子どもたちが寝静まった後、出張帰りの夫に相談した。
「ひょっとして、学校で体罰を受けているのかしら」
「そうだなあ……。ちょっと授業の様子を見に行こうか」
月曜日の午前。通用門をくぐり、校舎の右隅にあるあさがお学級の教室へ向かった。夫の考えで、あえて事前の連絡はしていない。
授業後に行った高木先生との面談
教室はガラス張りになっている。廊下から見渡すと、高木先生と補助教員のゆかり先生、聖子と4人の子どもたちがいた。全員、オルガンの周りに集まって遊んでいるように見えた。
「おはようございます。突然、すいません」
夫が引き戸を開けて教室の中に入ると、高木先生は慌てて教科書を手に取った。
「あっ、おはよう……ございます。これから授業に入るところだったんです」
子どもたちを急いで着席させ、詩の朗読を始めた。
私はパートの時間が迫っていたので、夫が残り、授業の後に高木先生と面談をした。
この頃、高木先生が主に担当する高学年の女の子たちが次々と不登校になったり、普通学級に移ったりしていた。聖子は高木先生と1対1に近い状況だった。「きつく問い詰めて、逆に聖子に対して厳しく当たられるようなことがあったら怖いね」。夫と懸念していた。
「療育の先生からも、聖子は家庭でも大きい声で𠮟ったり、たたいたりしないように言われています」
だから夫は、高木先生がたたいたという話には直接触れず、やんわりとした表現で伝えた。
「わかりました」
高木先生はそう応じたという。
晩ご飯の前に、聖子にだけ聞こえるよう耳元でささやいた。
「先生には、聖子のことをたたかないようにお願いしておいたからね」
聖子はうなずくだけだった。
「おっぱいぎゅうされた」と訴えたのは、その4日後だった。