「なぜ、今まで言わなかったの?」
「ダメ、って」
聖子は目を伏せた。
私自身も、聖子のことや、学校側に被害を否定された「1対6」の話し合いがフラッシュバックし、夜眠れなくなったり、心臓がどきどきしたりして、汗が噴き出すこともあった。心療内科に通うようになり、抗うつ剤と睡眠薬を処方された。
「学校の先生に何が起きているか、しっかり伝えてください。子どもたちに配慮して接してもらわないと大変なことになりますよ」
臨床心理士の坂井先生の表情が険しさを増してきた。
伊地知校長や市教委に再び面談を申し入れた。
「都合がつかない」
なしのつぶてだった。
聖子はさらに「オマタにチンチンつけてきた」と……
10月半ば、愛ちゃんのお母さんから電話があった。
「うちの娘も高木先生に……」
呼吸が止まった。「まさか」と「やっぱり」が交錯する。高木先生は、愛ちゃんに自分の下半身を触れと言ったという。
電話を切ると、リビングに聖子がいた。同じことをされていないだろうか。「あって欲しくない」と祈りながら、声を掛けた。
「聖子、ほかに高木先生から嫌なことをされていない?」
聖子は目を合わさない。
「実は、愛ちゃんがお母さんに高木先生のことを色々話したみたいだよ」
「……」
「今まで話していないことはない?」
「オマタにチンチンつけてきた」
悪い方へ、予感が的中した。
「立って?」
「寝っ転がって。痛かった」
聖子は両手で自分の頭を両側から押さえた。
「頭を持ってガン!ってするんだよ。痛くて血が出たけど、タカギは『誰にも言っちゃダメ』って」
聖子は床に横になって、お腹の前で拳を動かした。
「カッターでお腹を切って殺すって言うの」
私はまぶたを押さえながら、にじんだ文字をカレンダーの裏紙に必死に書き留めた。