伊地知校長は先月、「『高木先生は遠くに行ったから、もう会うことはない』と子どもたちに伝えてください」と保護者に説明していた。ところが実際には、学校近くの庁舎で研修を受けているというのだ。
「高木先生が研修施設に通う時に、子どもたちが出くわしたらどうするのでしょうか」
福士次長は笑い出した。
「でも『地下に潜れ』と言うわけにもいかないですからね」
「では、研修を受けた後、教員として復帰することもありうるのですか」
「ええ。それはそうですよね」
前々から思っていた疑問もぶつけてみた。聖子の転校を勧められた時に繰り返されたうたい文句についてだ。
「『新設校は素晴らしいプログラムのモデル校』という話はどこから出てきたものなのですか」
「誰だったかな。そんな話を言ってましたか」
まるで他人事だった。
性被害の訴えに学校側が出した最悪な結論
同じ頃、伊地知校長が約束した調査は、ある結論に向けて動き出していた。
午前8時半、伊地知校長は校長室での聞き取りを始めた。担任と補助教員が1人ずつ入っていく。のちに情報公開請求で出てきた内部報告書によると、30分後の午前9時には市教委へこんな報告をしていたという。
「訴えのあった被害の確認は取れませんでした」
連絡を受けた市教委はその日の夕方、研修中の高木先生から事情聴取した。翌週には課長が学校に出向き、当時のあさがお学級にいた教員から1人ずつ最終確認をする。聞き取りには伊地知校長と角田教頭も立ち会った。
愛ちゃんの家にも我が家にも、何も連絡はなかった。
「申し入れをしてから2週間経ちましたが、調査結果はどうだったのでしょうか」
勤労感謝の日を挟んだ3連休明け。しびれを切らした夫が市教委に電話をかけた。
「ああ、その件については、学校の方から連絡をしますから」
待ちきれず、夫から学校の方へかけ直すと、角田教頭の回答は冷淡だった。
「調査は終わりました。24項目のすべてにおいて、そのような事実は認められませんでした」
「えっ……」
夫はにわかには教頭の言葉を理解できなかった。
教育者として当然しかるべき処置をしてくれるものだろう。
そんな期待はガラスのように粉々に砕かれた。
急いで愛ちゃんの家に連絡をした。愛ちゃんのお父さんが市教委に電話をすると、調査を力強く約束した福士次長に突き放されたという。「今回の件は、県教委に上げる義務はありません。もし、何かあったら、全責任は私が取りますから」
私がPTA役員の仕事で学校に行くと、角田教頭から調査内容と結果の文書が入った封筒を手渡された。
《元学級担任、担任及び補助教員に対し、1人ひとり個別で24件の話を1問1答式ですべて調査した結果、そのすべてにおいて事実は認められなかった》
1枚紙に聴取結果はわずか3行。子どもたちの訴えを完全否定するものだった。