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91歳で他界したトラベルミステリーの巨匠・西村京太郎が“鉄道と小説を愛した50年”「『雷鳥九号』のトリックを試したら…」

『西村京太郎の推理世界』より #4

2022/05/25

source : オール讀物 2013年7月号

genre : エンタメ, 読書, , 歴史

note

 今買える中で、一番食べたいのは紀勢本線新宮駅の「めはり寿し」ですね。酢飯に高菜の浅漬けを巻いたおにぎりです。『寝台特急「紀伊」殺人行』(1982)の取材で新宮駅に降りたら売っていた。おにぎりの形が面白い。5個入って630円かな。安いんですよ。

 新幹線のビュッフェでは、よくカレーライスを食べました。わりと美味しかったですよ。自由席の乗客が来て、粘っていましたね。座席代わりに使っていたんです(笑)。食堂車は無理でも、ビュッフェぐらいはあってもいいと思うんです。カレーライスぐらい食べさせてくれればいいのに。うん、あれは美味しかったなあ。

 もっと鉄道の思い出を遡れば、小さいころ、西小山に住んでいた時には、山手線の目黒駅まで行って、よく蒸気機関車を見ていました。貨物線があって、そこを蒸気機関車が走っていたんです。もくもくと煙を吐いている姿がすごく勇ましかった。

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 それで、小学校の綴り方の時間に、「蒸気機関車はすばらしい。煙を吐いて突進していく姿は、日本の躍進を象徴している」とか書いたら、日本は戦争に負けちゃった(笑)。

 戦争で学校が閉鎖されてしまい、学徒勤労動員で恵比寿まで働きに行ったんです。でも、何もできない。工員さんが一生懸命やっている回りで、鉄くずを片付けるくらいでした。女学生もいて、鉢巻きをしめて働いていましたが、ロマンスは全然生まれない(笑)。

 その帰りにも目黒駅で見ていましたね、蒸気機関車を。

©文藝春秋

「雷鳥九号」を使ったトリックを実際に試していると……

 1975年12月、全国的なSLブームのなか、国鉄の定期旅客列車としては最後の蒸気機関車が、北海道を走った。十津川警部はSLに乗れなかった? いや、そんなことはない。SL人気は衰えず、1979年、山口線で「SLやまぐち号」の運転が開始された。さらに季節列車として観光路線をSLが走り始め、『十津川警部 君は、あのSLを見たか』(2010)ほかの作品が書かれている。一方、電車特急となれば、お馴染みのあの列車である。

 懐かしい特急となると「雷鳥」です、やっぱり。京阪神と北陸を結んで長年走っていたんですが、2011年3月のダイヤ改正で廃止されてしまいました。

 今は「サンダーバード」が走っています。てっきり「雷鳥」の翻訳かと思っていたら、違うんですね。昨日、辞書を引いたんですよ。そうしたら、「雷鳥」は「サンダーバード」じゃない。「グラウス」っていうらしい。紛らわしいですね(笑)。

「雷鳥」という名前が好きなんです。京都に住んでいたころ、北陸方面へ行くのに便利だったので、よく利用しました。加賀温泉郷とか能登半島の和倉温泉とか、沿線に温泉が多いのが良かったんですね。

 とくに「雷鳥九号」が好きなんです。これが「雷鳥二号」とかではだめ(笑)。別に理由はなくて、なんとなくなんですが、名前の感じが好きなんです、「雷鳥九号」が。

 その好きな「雷鳥九号」をトリックに使った短編では、不可能犯罪の鍵を握っているのが拳銃でした。地図上で可能だと考えて書いたんですが、読者から投書があったんです。このトリック、そんなにうまくいかないって。それで、現場で実際に試してみたことがありました。北陸本線のループしているところ、上り線と下り線が十文字に交わっているところです。

 小石を拳銃に見立てて、上り線から下に落して、土手をさっと駆け下りていく……完全に作中のようにはいきませんでしたが、成功したと思いねえ、って(笑)。

 特急列車の前についているトレインマークで、ちょっと間違えたことがあったんです。そうしたら、ミスの指摘がドッと出版社に来た。「違ってまーす」って。編集者が、今度からどこか1か所間違えておくと、本が売れるんじゃないかって、言ってました(笑)。

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