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91歳で他界したトラベルミステリーの巨匠・西村京太郎が“鉄道と小説を愛した50年”「『雷鳥九号』のトリックを試したら…」

『西村京太郎の推理世界』より #4

2022/05/25

source : オール讀物 2013年7月号

genre : エンタメ, 読書, , 歴史

note

 ミステリーのファンはわりと寛容なんですよ。でも、鉄道ファンはものすごくまじめだから、ちょっとでも違っているとすぐに指摘される。それから、列車をとても神聖視しているファンがいて、鉄道で殺人事件を起こさないでください、と手紙が来ました。

 でも、鉄道ファンって楽しそうですね。今また増えているようですし、若い女性にも広がっている。だから、鉄道とミステリーを絡めると、もっと売れるんじゃないかと、また思っているんです(笑)。

 早く移動するなら飛行機だけど、鉄道の旅には、ただ移動するだけではない、何かがあります。若いころは、たいてい夜行列車に乗っていたんですね。6時ごろに出発して、だんだんまわりが暗くなってくる。そうすると、山の上かなんかの一軒家に、パッと明かりがつく。すごくそういう景色が好きなんですよ。

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 はるか彼方の明かりは、なかなか流れていかない、ずっと列車についてくるんです。そんな明かりを見ていると、「あー、あそこに住んでいる人とは、きっと一生会えないんだろうなあ」なんて、感傷に耽ったりしていた。

 当たり前のことなんですけれど、そんなことを思いながら、鉄道で旅をしていましたね。懐かしい思い出ですが、それは今も変わりないんですよ。

©文藝春秋

「次の目標は635冊。スカイツリーの634メートルを超したい」

 胸中にさまざまな思いを込めて書き続けられた、鉄道ミステリー。2001年には、ファンのため、西村京太郎記念館も湯河原に開館した。1階は喫茶店で、2階には全著作と鉄道のジオラマが展示されている。オリジナル著書は500冊を超え、十津川警部は、作者が80歳を越えた今も健在である。

 読者だけではなく、散歩している人も、お茶を飲みに寄ってくれます。リピーターが多いですよ、あのへんに喫茶店がないせいで(笑)。それでも運営は大変なんですが、来館してくれた人にサインしたり、サービスもしています。

 ファンの人と話すのは面白いですね。よく、どうして埼玉県を書いてくれないんですか、と言われるんです(笑)。それから、博多駅とか名古屋駅も大きな駅なのに、どうして書かないんですか、ともよく聞かれますね。でも、どちらも乗り換え駅という印象で、仕方がないんです。

 鉄道ファンの子どもさんは面白い。中学1年生ぐらいが一番、生意気盛りです(笑)。1人で来て、あそこを走っている列車は何系だとか、あの列車を知ってますかとか聞いてくる。そんなこと急に聞かれても分からない(笑)。

 もう日本各地、2回か3回、回ってしまった。だから今は、前に書いた時とどう変わったか、という視点で書いています。廃線になったとか、五能線のように観光地になったりとか。以前よく行った能登半島は、もう半島の先まで鉄道で通じていない。恋路駅なんていう、なかなかロマンチックな駅があったんですが。

 路線が残っていても、1日に何本も走ってないことがある。それも一両編成になってしまったりと、鉄道は変わっているんです。

 この前は、東北新幹線「はやぶさ」のグランクラスで、新青森駅まで行ってきました。食事付きでフリードリンク、専任のアテンダントがサービスしてくれます。

 座席にコントロールパネルがあるんですが、いろいろ押していたら、アテンダントの方が「何かご用ですか」って声をかけてきたんです。呼び出しボタンを押してしまったんですね。アテンダントは1人なので、そのボタン、みんながいっせいに押したら、どうするんでしょう(笑)。

 そうそう監視カメラがありました、デッキや客室に。「カメラ作動中」なんて書いてある。もちろん防犯上なんでしょうが、誰を監視しているの、なんて思ってしまいました。これも作品に生かしています。

 よくここまで書いてきたなあと思いますが、やっぱり家族のサポートがあってですね。本当に、書くこと以外は何もできないんです。書くしか能がないから、ずいぶん迷惑をかけているんじゃないかと思います。

 次の目標は635冊。スカイツリーの634メートルを超したいんです(笑)。そこまでいったら書くのをやめようかなあ。いや、作家だからやっぱり、それはできない。書き続けるでしょうね、きっと。

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91歳で他界したトラベルミステリーの巨匠・西村京太郎が“鉄道と小説を愛した50年”「『雷鳥九号』のトリックを試したら…」

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