「自分にはまだテントを担いで縦走するだけの力量がないこと、雷鳥沢にテントを張れば雄山(おやま)~大汝山(おおなんじやま)~富士ノ折立(おりたて)を周回できることを考えて、立山を選びました」と、土屋は言う。
自宅を車で出発したのが9月6日の未明で、アルペンルートの起点となる扇沢(おうぎざわ)に到着後、車内で2、3時間ほど仮眠をとった。アルペンルートの始発に合わせて準備を整え、電気バス、ケーブルカー、ロープウェイ、トロリーバスと乗り継いで、室堂に到着したのが午前10時過ぎ。室堂ターミナルから重さ13、14キロのザックを担いで雷鳥沢キャンプ場へ向かい、幕営の受付をすませた。
キャンプ場の敷地内では、自分の好きな場所にテントを張ることができる。土屋が選んだのは、人の行き来がある石畳道の十字路の脇で、周囲には5メートル弱の距離に2、3張のテントが張ってあった。ひと気のないキャンプ場の隅っこのほうにテントを張ってのんびりくつろぎたいという気持ちもあったが、明日はテントを張ったままで山に行く予定にしていたので、防犯の意味である程度は人目につきやすい場所のほうがいいだろうと考えた。
テントを張って昼食をとったあとは、前夜ほとんど寝ていなかったので、テントの中で昼寝をした。一時、雨がパラついたが、夕方には上がっていた。夕食前のひとときは、周辺を散策がてら、日本一標高の高いところにある天然温泉、みくりが池温泉に行ってみた。しかし、日帰り入浴の受付時間はもう終了しており、湯に浸かることはできなかった。仕方ないので、明日、帰りがけにまた立ち寄って汗を流すことにして、キャンプ場にもどってきた。
その晩は天気がよく星空がきれいだったので、夕食後、カメラで星空をタイムラプス撮影(一定の間隔で連続撮影した写真を繫ぎ合わせ、パラパラ漫画のような動画を作製する方法)した。撮影のためカメラを外に置きっぱなしにしたままなので、近くで人の気配や足音がするたびに、カメラを盗まれやしないかと心配になり、何度かテントから顔を出してカメラの無事を確認した。星空のタイムラプス動画は、うまく撮影できていた。
キャンプ場を振り返ってみたときに、「あれ?」と……
翌7日は朝6時ごろ起床し、朝食をとったのち、6時40分ごろから行動を開始した。
ザックに入れたのは、雨具、防寒具、行動食、ハイドレーション、貴重品など日帰りの装備一式。テントは張りっぱなしで、山から下りてきたら撤収するつもりだった。
歩きはじめておよそ20分後の7時ごろ、雷鳥荘のあたりまで登ってきたところで、ふとキャンプ場を振り返ってみたときに、「あれ?」と思った。自分が幕営した場所に、テントが見当たらなかったからだ。
「おかしいな、テントがないぞ。風で飛んだのかな。なんらかの理由で管理人が移動したのだろうか。それとも日陰になっていてただ見えないだけ?」
まさかテントがなくなるなんてことはあり得ないよな、と思いながらも、いろいろな可能性が頭をよぎった。もしかしたら盗まれたのかも、ということも考えた。