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「逮捕後の文通では保釈金の支援を求めてきたり…」裁判傍聴と逃亡同行者の証言が明かす“脱走犯”のリアル

「逮捕後の文通では保釈金の支援を求めてきたり…」裁判傍聴と逃亡同行者の証言が明かす“脱走犯”のリアル

高橋ユキ『逃げるが勝ち』インタビュー #1

2022/06/09
note

 脱獄するほどの理由なのかと思うかもしれませんが、それでも彼には、我慢できないくらい作業場が嫌だ、逃げ出したいとの思いがあった。脱走のきっかけとなった出来事に似たことが、これまでにもたくさんあったんでしょう。

 夫婦喧嘩なんかもそうじゃないですか。他愛のない、けれどもイラっとするようなことが何度も繰り返されると、30回目で切れるみたいなもので。そのあたりは彼もうまく言葉で伝えられなかったのかなと思いますけれども、そんなふうにして起きた逃亡事件です。

潜伏先で自分の事件を報じるニュースを見た野宮

――自転車や現金、乗用車を次々と盗みながら逃亡し、その日のうちに瀬戸内海の向島(広島県尾道市)の空き家に潜伏します。まさに「事実は小説より奇なり」だと思うのですが、言い方をかえると逃亡者に都合のいいことが起きる。野宮の場合、向島での出来事はまさにそれです。

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高橋 向島には1000軒以上の空き家があって、警察の捜索から隠れるには好都合の島でした。逃亡2日目に空き家から空き家へと“引っ越し”するのですが、野宮からの手紙によると、潜伏する2軒目の空き家には電気もガスも通っていて、食料まであり、彼はそうめんやコメ、さば缶、冷凍の魚などを食べていた。

 その空き家にはテレビもあったので、野宮は自分の事件を報じるニュースも見ていた。それで橋の検問などで住民に迷惑をかけていることを知り、彼は島を出ることを決意します。

 野宮は島から本州まで1時間以上かけて、海を泳いで渡るのですが、これまたラッキーなことが起きます。尾道水道と呼ばれる海域には月に一度、潮の流れが穏やかになる「潮止まり」の時間帯があり、彼が泳いだのは偶然にもそのときでした。