裁判傍聴をはじめとする犯罪取材で活躍中の高橋ユキ氏は、今月、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)を上梓した。国外逃亡したカルロス・ゴーンや、「ゴールデンカムイ」の白石由竹のモデルになった脱獄王など、様々な逃亡者について記したものだ。
本書の柱となるのは2018年におきた2つの脱走事件――刑務所を脱獄した男は離島から本州まで海を泳いでわたり(松山刑務所脱走事件)、かたや警察署を抜け出した男は自転車で四国・中国地方を回って逃げ続けた(富田林署脱走事件)、これらについて、高橋氏に話を聞いた。(全2回の2回目。前編を読む)
スマホを持たない自転車乗りの逃亡者
――『逃げるが勝ち』に掲載された、高橋さんと作家・道尾秀介氏との対談で、道尾氏は松山刑務所逃走犯(前編)と富田林署逃走犯の山本輝行(仮名、当時30歳)について、「この時代に、スマホを持たずに逃げる。だから、なかなか追跡できない」と評されています。これらの事件に対する面白い視点です。
高橋 裁判の傍聴をしていると、スマホの検索履歴や位置情報、LINEのやり取りなど、あらゆるものが解析され、それが証拠になるのがよくわかります。だからはじめからスマホを敬遠する犯罪者もいますね。『逃げるが勝ち』の「終章」に出てくる保釈中に逃亡した男も、スマホを自宅に置いたまま、行方をくらましました。
今日、スマホを持たずに生活するのは至難の業(わざ)ですが、逃亡するにはスマホを持たないのが一番いい。警察の追跡でいえば、乗用車はNシステムなどで捕捉されるので使わないほうがいい。そう考えると、富田林署逃亡犯の山本は、スマホを持たない自転車乗りなので、最強の逃亡犯ともいえます。
――48日間も続けられた背景にはそれがあるんですね。おまけに山本にはどこかクレバーさがあります。
高橋 山本は大阪府内でスポーツタイプの自転車を盗んだのをきっかけに、サイクリストのキャラ作りをしながら、西へ西へと逃亡を続けます。サイクリングスーツや自転車乗り用のサングラスを身に着け、頭も丸刈りにして自転車でひとり旅をしているキャラになりきります。それは見せかけの姿ですが、逮捕後に手紙でやり取りしたとき、差し入れ品のリクエストの多くはキャンプや自転車の雑誌だったので、アウトドア嗜好は一応はあるんだろうなと思いましたね。