優しい人と出会う旅のコツは「スマホに頼らないこと」
――旅人のキャラづくりの賜物(たまもの)ですね。それでいえば「優しい人と出会う旅のコツ」を高橋さんに伝えます。これが面白い。
高橋 山本は、その場の環境に紛れ込むことで自分の存在を目立たなくしようとしました。だから逃亡犯なのに人と接しようとするんです。「優しい人と出会う旅のコツ」はそのためのもので、それは「スマホに頼らないこと」です。スマホを見ている人には話しかけにくいため、会話の機会を逃してしまうと言うんです。
当たり前の話ではあるんですが、それを脱走犯があらためて逃亡中に感じたというのが興味深いですよね。
――そんな山本も最後は道の駅で万引きGメンに捕まったことをきかっけに逮捕されます。ドラマなら、AVを見ている隙に警察署から逃げられた警察官が最後、逮捕するところですが。
高橋 そうした伏線の回収を読者が求める時代みたいですよね。今の読者は作者が意図しないところも勝手に伏線だと思うようになったと話してくれた編集者さんがいました。読者は物語に出てくることのすべてに意味があると思っているということですよね。でも実際は、逃げられたことに気づけなかった留置担当の巡査部長は、アダルト動画を見ていたことで怒られて終わりですもんね。
『逃げるが勝ち』のテーマは脱走犯ではない
――『逃げるが勝ち』を一冊まるまる読むと、本書のテーマは脱走犯なのではなく、人の興味、人に対する興味だと思いました。
高橋 ノンフィクションには問題提起が必要だという意見もあります。でも私はもっと単純に、この脱走犯はどんなふうにして逃げ回ったんだろう、そのとき偶然にも犯人に接した人たちは何を思ったんだろうといったことに興味があって、それを取材してまわって書いている。そこに面白みをおぼえてくれる読者がいたら、それだけでいいなと思っています。
今回『逃げるが勝ち』で書いた松山刑務所脱走犯(前編)と富田林署の脱走犯、それぞれの潜伏先や滞在先を取材してまわると、皆さん、日頃の世間話みたいな感じで「あそこの家にいた」「こんなふうだった」と話してくれる。事件が興味や好奇心の対象なんだとよくわかります。読者も本当はそれを求めているのではないでしょうか。それに応えていかないと読者はどんどん離れていってしまうと自分は思っています。