当代随一の脚本家にして、近年は監督業にも進出している俊英アーロン・ソーキン。『ソーシャル・ネットワーク』『シカゴ7裁判』など実話を基にした作品を数多く手がけるが、彼が書く脚本は実にユニークでトリッキーだ。『スティーブ・ジョブズ』では誰もが知る故人の生涯を象徴的な3つのプレゼンの舞台裏だけに集約して見せた。事実をベースとしながらも大胆な脚色で人物や物事の“本質”をえぐり出す。そんな彼の最新作が『愛すべき夫妻の秘密』(Amazonプライムで配信中)だ。
1950年代、米国で絶大な人気を誇ったTVコメディドラマ『アイ・ラブ・ルーシー』。主演の二人、専業主婦ルーシー役のルシル・ボールと夫リッキーを演じたデジ・アーナズは実生活でも夫婦で、番組を仕切る演出家・プロデューサーの役割も担うビジネスパートナーだった。本作はこの夫婦が直面した“地獄の一週間”を描いている。
冒頭は製作総指揮や脚本を務めた人物が当時を回顧するインタビューから始まる。
「恐ろしい週だった……」
赤狩りに不倫報道、そして妊娠発覚。二人は次々とトラブルに見舞われるのだが……、実際にはこれらの出来事は一週間のうちに起きたわけではない。約6年間のドラマ放映時に起きたエピソードを再構築し、一週間の出来事として見せているのだ。さらに冒頭のインタビューもドキュメンタリー風に見せているもので、実は役者が演じている。それもそのはず、関係者はとっくに鬼籍に入っているのだ。
稀代の脚本家はフェイクやメタ構造で観客を幻惑しつつ、国民的夫婦の秘められた過去と現在を巧みにシンクロさせながら“真実”に迫っていく。合わせてドキュメンタリー作品『ルーシーとデジ~知られざる真実~』(Amazonプライムで配信中)を見れば、凡百の伝記とは一線を画す本作の試みの数々に驚嘆するだろう。恐るべし、アーロン・ソーキン。
INFORMATION
『愛すべき夫妻の秘密』
https://www.amazon.co.jp/dp/B09NMT7ZK6
『ルーシーとデジ~知られざる真実~』
https://www.amazon.co.jp/dp/B09Q14HZHT