村田沙耶香の最新短篇&エッセイ集『信仰』が刊行された。表題作「信仰」が2021年シャーリー・ジャクスン賞にノミネートされるなど、海外でもますます注目を集めている村田さん。私たちが疑いなく信じている「現実」を揺るがす8つの作品についてインタビューした。(全2回の1回目。続きを読む)

村田沙耶香さん

「安全で正しい世界」の恐ろしさ

「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」

 私は妹の意味不明な言葉に首をかしげた。

「え、何言ってるの? カルトの手口に陥りかけてるのはあんたじゃない。私はこんなに! こんなに! 私、あんたのためを思って言ってるのに!」

――この小説は「現実」を愛する主人公・永岡が、同級生の石毛からカルト商法に誘われるところから始まります。永岡は同じく同級生だった斉川を教祖に仕立てようとする石毛の悪巧みを止めようとしますが、思わぬ展開に驚かされました。

村田信仰」は「Granta Online」からの依頼で執筆しました。先方からとくにテーマの依頼はなかったのですが、当時は、なんとなく信仰について考えていた時期だったのだと思います。

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 喫茶店で執筆していると隣のテーブルでいろいろな勧誘が行われていることがよくあるんです。「あ、勧誘だ」って気がつくと、勧誘されている人に「騙されないで」「がんばって」と心の中で呼びかけてしまう。でも、それってあくまで自分の「安全で正しい世界」を押し付けているだけで、もしかしたら傲慢かなと思うことがあるんです。

 例えばアルバイト先や大学などで、誰かが勧誘されて、その世界に行ってしまったとき。学校を辞めようとしていたり借金を重ねている友達のことが心配になって必死に説得している自分に、どこかで危うさや奇妙さも感じていて。

「あなたは今、間違っているものに洗脳されているだけで、本当はこっちが正しいんだよ」と、まるでこちらが勧誘しているような感じが、少し怖いんです。相手にとってやっと出会ったのかもしれない大切なものを踏みにじって、自分が信じている現実こそが正しいんだよと、こちらの判断でそのひとの精神を弄ろうとしているような気持ちになるときがあります。

――「原価いくら?」と友達や妹に「現実」の正しさを勧め続ける永岡は、なにかを恐れているようでもあります。一方、斉川さんは「天動説セラピー」を信じることでどんどん解放されていく感覚がありました。