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2022/06/18

――お母さまとのエピソードを公開したのはなぜですか?

グラハム子 モヤモヤを消化できるまでは「いつか漫画にしたい、でも思い出すのは辛い」と思っていました。でも、自分の中で消化できたことで「今なら描ける!」と思って個人のSNSで投稿を始めて、それをウェブメディアの「ウーマンエキサイト」で連載するようになって。

 いざ描いてみると、過去の私と同じように親との関係に悩んでいる方々からの応援メッセージをたくさんいただいたんです。「私の体験談を発信することで救われる人がいるなら、書く意義があるな」と思っていたところ、KADOKAWAさんからご連絡をいただき、書籍化することができました。

©深野未季/文藝春秋

「あなたは可愛くない」と言われ続けた幼少期

――書籍でも描かれていますが、改めてどんなお母さまだったのかを教えてください。

グラハム子 母は私が2、3歳の頃から「一重まぶたは可愛くないから、大きくなったら整形しようね」と言っていましたね……。子どもの頃は可愛くないから幸せになれない、幸せになるには母の言う通り整形しなきゃいけないと思っていました。今なら「あなたは可愛くない」と言われても、「え? 私はそこそこ可愛いけど?」って冗談を返せますけどね(笑)。

 学生になってからは、「偏差値が高くて歴史のある高校に入らないと失敗」だとか、さらに価値観の押し付けが増えてきて。それに従わないと「お母さんはあなたの幸せを願ってこんなに考えているのに、あなたは不幸になりたいの!」と怒ったり落ち込んだりするから、私も頑張らなきゃと必死でした。

©深野未季/文藝春秋

「美大に行って美術教師になるの」と育てられ……

――進路も押し付けられるようになったと。

グラハム子 私は美術大学の出身なんですが、実は美大に進学したのも母の希望なんです。どうやら母自身が美大に憧れていて、学生時代に行きたかったらしくて……。自分の夢を私に叶えさせるために、小さい頃から「あなたは将来、美大に行って美術教師になるの」と育てられてきました。

 母の希望通りに美大に入るために、高校3年生の夏に部活を引退してから急いで絵画専門の予備校に入って、猛勉強したんです。私は大学で油絵を専攻していたのですが、予備校に通うまで専門的に学んだこともなかったし、昔から絵を描くのは好きだったけど、油絵には正直あまり興味がなかった。でも、油絵や日本画みたいな“真面目な絵”を描いて欲しいという母の希望だけで専攻を決めましたね。