文春オンライン

教育にカネを払わないのに、日本の学力が健闘しているのは「教師が薄給長時間労働で頑張ってるから」

2022/06/09
note

 さらには、昨今では子どもの放課後において学童保育まで公教育の責任の一部となり、登下校から子どもが自宅に帰る18時すぎまで学校施設で子どもの面倒を見るのだとなりつつあるなかで、そこへ教育ベンダーが学童保育の分野に乗り出してきて、公教育の機能と支払われるべきカネの問題に光が当たるようになってきました。学校が部活を維持できなくなり、地域で部活をやるぞと言っても、その受け皿がどこにあるのかもまだ不明です。

 ただ、確かなことは世界的に見て日本の教師は世界標準の2倍働いています。誇張なく。

家庭の問題を学校にぶん投げ続けてきた

 労働時間で見ても、品質で見ても、そのぐらいの責務を負わされ、子どもの面倒を見るだけでなく、訳の分からない地域の仕事やクレームを入れる保護者への対応まで全部やっています。部活も学童も見て、わずかな時間外報酬しかもらわずに林間学校まで同行する教師が、たいした尊敬も地域で受けることなく薄給で働いているわけです。かつて教師は花形職種でしたが、いまや公立学校教員採用選考試験の倍率はどんどん下がり、教師の充足率が足りなくて授業ができない地方の公立小学校・中学校も出てくる始末です。

ADVERTISEMENT

 すべてはこれ、教育にカネを払わない日本の問題というよりは、家庭の問題を学校にぶん投げ続けてきたことに起因するんだと思いますよ。給食費が払えない親の貧困には光が当たるけど、それを支える教師の厳しい就業環境にはなかなか注意は払われない。実家の困窮が理由でヤングケアラーが増えて大変だ、と社会問題になっても、子どもの全人格的育成とPISA・全国学力テストの優劣を両立させる学校の現場の荒廃はあまり振り返られない。

 もしも、教師がほかの職業と同じだけ残業代が払われるか、必要な人員配置をされるようになれば、GDP比での日本の公教育支出は平均以上どころか上位に跳ね上がることは確実です。