男子刑務所の「一枚も二枚もうわ手の囚人」
また男子刑務所では、一枚も二枚もうわ手の囚人とのトラブルもあるという。
「一番多いのは、篭絡から脅迫に発展する不祥事件です。小さな親切をしてあげて、『オヤジさんありがとうございます』から始まるんですよ。ところが、そこには含みがあるんです。たとえば最近あった話ですと、『手紙を出したいんですけど、お金がないんで切手を1枚何とかしてくれないですか』と、ある囚人から刑務官が頼まれた。そこで上司に相談すればいいんだけど、独断で切手を一枚上げたんです。そしたらその後、彼がどういう風に寝返ったかわかります?」
相手の要求はどんどんエスカレートし、「タバコを吸いたい」「酒が飲みたい」と言い出すようになったという。刑務官がこれを断ると、切手を1枚くれたことを持ち出し、「あれ違反でしょ、上に言うよ」などと、脅してくる。すぐに上司に報告すれば良さそうなものだが、刑務官は完全な階級社会で、上司に信頼がないと、叱り飛ばされるのが嫌で内緒にする。こうして、ますます問題が悪化してしまうのだという。
「こういう事故はしょっちゅうあります。大体そういうのはそこそこの地位にある暴力団組員とかですよ。内部で済めばいいんですけど、ひどいのは金品の贈与や接待が絡むことです。ヤクザ者が、『オヤジさん、裏の駅前の何とかっていうバーに行って私の名前を言いなさい。そこで飲み食いさせますから』って言う。その気になって行ったりすると、これが今度は贈収賄になって、刑事事件になるんです。中に入ってる受刑者や被告人は、一枚も二枚もうわ手です」
確定死刑囚の約半分は、社会的弱者
一方、こうした質の悪い囚人とは違い、確定死刑囚の約半分は、社会的弱者だと坂本氏は言う。
「現実に確定囚を1人ずつ当たっていくと、半分くらいは社会的弱者ですよね。たとえば教育をよく受けていない、児童養護施設を出ていたりとかね。どちらかというと知的レベルも高くない。そうすると捜査段階で言いなりになってしまう。日本の裁判制度を含めた証拠能力っていうのは、自白偏重でしょう。だから捜査段階の調書というのは、すごく重いんですよ」
犯罪社会学に携わる岡邊健氏は、死刑囚のいるフロアは公開されず、完全に閉ざされていると言っていた。専門家ですら立ち入れない理由は、何かあるのだろうか。
「人権上の問題です。要するに被告人って、推定無罪ですから」
意外なことに、拘置所には、死刑囚専用の舎房というのはないのだという。彼らは、未決囚たちと同じフロアに、ポツンポツンといるらしい。つまり、「死刑囚だけ」を見学するということは不可能なのだ。裁判結果によっては無罪になるかもしれない未決囚を、人目に触れさせてはいけないという配慮なのだという。
しかしそれを言うなら、推定無罪の段階で、容疑者として実名報道をされるほうが、よほど本人たちにとってはリスクがあるように感じる。科学警察研究所に勤めたこともあるような専門家に、推定無罪の容疑者の顔を見せないために死刑囚を「隠す」という拘置所の判断は、私には不可解に感じられた。