決行の日は2015年6月9日。ジプシーとディーディーが病院に行っている間に、ニコラスは2人の家があるミズーリ州スプリングフィールドにやってきた。
そしてこの日の深夜。ディーディーが眠りにつくのを待って、ニコラスはジプシーの手助けを得て家の中へ侵入。ジプシーは事前に用意していたガムテープと手袋、そしてナイフを彼に手渡した。
ニコラスはディーディーの寝室に忍び込むと、迷うことなくナイフの切っ先を彼女の背中に突き立てた。苦しそうなうめき声をあげ、足をばたつかせるディーディー。ニコラスは完全に息の根を止めるべく、何度も何度もディーディーの体にナイフを突き刺した。
実はこの時、ジプシーは彼が本当に母を殺害できるとは思っていなかったと後に供述している。半信半疑の想いで、ジプシーはバスルームに閉じこもり、耳を塞いでじっと事が終わるのを待っていた。
途中、「ジプシー!」と呼ぶ母親の声が何度か耳に届いた。やはりニコラスを止めるべきかと逡巡したが、恐怖のあまり動くことはできなかった。
殺害後、ジプシーとニコラスは紙おむつで血を吸い取り、証拠隠滅を図った。
そしてビデオカメラの前に座り、大仕事を成し遂げたことを得意げに語った後、ディーディーの遺体が転がる部屋の隣で、何度もセックスを楽しんだという。
その後、2人は4000ドルのキャッシュを持ち出して家を出た。これは父親のロッドが養育費としてディーディーに送金していたものだった。
ジプシーは坊主頭を金髪のウィッグで隠し、タクシーでモーテルに向かう。車椅子はもう必要なかった。そしてモーテルでこれからどうするかを2人で話し合ったのだった。
「人生のなかで最高の日々だった」
ようやく誰にも邪魔をされずに、2人の時間を過ごせるようになったのも束の間。終焉はあっけないものだった。モーテルを出た後2人は、ニコラスの家へと向かうのだが、その翌日、警察の急襲を受けて身柄を拘束されることになる。
事件の翌年に行なわれた裁判でジプシーは、長年にわたってディーディーから虐待を受け続けてきたことから情状酌量され、懲役10年の判決を言い渡された。
一方のニコラスには、第一級殺人罪として終身刑が言い渡されている。
ニコラスはジプシーと過ごした時間を振り返って、「人生のなかで最高の日々だった」と語っている。
しかしジプシーは事件について、こう語っている。
「私はお伽噺のように救われて、お姫様になれると思っていたの。でも、お伽噺ではじまった物語は……、ホラー映画で終わってしまったわ」
また、刑務所に収容されてからは、こんな心情も吐露している。
「母と暮らしていた時よりも、今のほうがよほど自由だわ。だって、私は普通の女性のように生きることを許されているのですから」
一人の母親が、我が子を巻き込んで演出した「大芝居」は、こうして幕を下ろした。事の顚末が明るみに出ると、全米が衝撃を受け、一部ではこんな議論が巻き起こった。
「本当の被害者は、殺されてしまった母親か? それとも殺人犯にならざるを得なかった娘か?」
なお、ジプシーの実父であるロッドは、娘が一日も早く刑務所から出所できるよう、現在も署名運動を続けており、これまでに20万筆が集まっているという。
犯罪ドキュメンタリー・トーク番組「トゥルークライム アメリカ殺人鬼ファイル」