吉幾三の歌うコマーシャル・ソングのおかげか、「リフォーム」という言葉は日本人の耳にすっかり馴染んだ。英語としては正しくないため、最近では「リノベーション」という言葉で代えることもあるが、建屋を維持しながらの住宅改装工事を指す言葉として、ともに広く使われている。
しかし、住み慣れた我が家に何らかの香りを添えるばかりがリフォームではない。映画館やショッピングモールなど、元は居住用でなかった物件を“魔改造”して、無理矢理住んでしまうような工事も行われているのである。
リフォームの前後でまったく別物になることもあれば、妙な名残が面白い物件もある。今回はそんな“ナゾの間取り”を眺めつつ、日本の住宅における“新築信仰”を考え直す材料としてみたい。
459.16平方メートル!3LDK「+S」が広すぎる部屋
「駅徒歩5分、中古で4480万円の3LDK」と聞くと、それなりに豪華な物件をイメージする。納戸やサンルームを含む場合、間取りは「3LDK+S(3SLDK)」とも案内されるが、寝室にできるのは3部屋である。3人から5人くらいの家族構成ならば、標準的な間取りだろう。
ところが、住宅情報サイトに「3LDK+3S」として掲載されているこの物件の間取り図は、その想像を覆すものだった。
大きな“倉庫”を複数持つ物件の正体は、かつて映画館として使われていたマンションの1階部分である。「一般住居としてお使いいただけます!」と銘打って販売されており、これも立派な中古住宅ということになる。
459.16平米の広さだが、窓のある、居住に適した部屋は3室だけ。すなわち住宅としては「3LDK+」としか掲げることができず、かなりもったいない。その3室は元の映写室で、快適に暮らすには工夫が要るだろう。
2つの「倉庫」はかつての劇場で、「機械室」では空調機器が稼働していたという。存置された座席の具合や傾斜にもよるが、使いみちを考えるのにこれほど面白い物件はそうそうない。私鉄の駅まで徒歩5分と好立地なので、「居抜きの映画館」を始めたいのであれば、4000万円台という販売価格は格安に思える(簡単に始められるものではないが)。
他に目を引くのが、3箇所に分散した合計13据の便器である(便器は「据」で数えるものらしい)。3LDKならば通常、トイレは2箇所あれば贅沢といったところだが、こちらは13据。明らかに過大な設備である。
そのかわり、この間取り図には浴室がない。元が映画館だったことを考えれば当たり前だが、購入者が真っ先に手を付けるのは水回りになるだろう。多すぎるトイレを潰すだけで、かなり広々とした浴室が作れそうだが、追加のリフォーム工事が必要だ。
ちなみに、同じ建物にある1LDKの部屋は、面積にして約1/10、参考価格で900万円ほどの価格がついている。したがってこの「広すぎる3LDK」は、坪単価で言えばお買い得な物件ということになる。はてさて、「一生に一度の買い物」と言われるマイホームで、この物件を選ぶ勇気はあるか。