「対戦車ヘリ操縦士」特有の気質とは?
小泉 ただ、気になったところもあります。作品に登場する東部軍管区のロシア軍部隊は、規模・配置・展開・戦術を含めて異様なほど緻密でリアルなのですが、日本に攻めてくる「第59独立自動車化狙撃旅団」のみ、架空の部隊となっています。さらに言えば、この架空のロシアの部隊はT−90戦車で進撃してくるのですが、現実の東部軍管区にT−90は配備されていません。これには何か意図が?
砂川 答え方が難しいですね。実は、軍隊の戦術や戦法はかなり概念化されていて、具体名を伴った戦力が設定されていないんです。そうなると、個別の兵器や部隊の名称こそ、書き手の想像力が発揮できる、唯一の場所になる。そう思ったんですよね。
小泉 砂川さんは自衛隊在職時、対戦車ヘリコプター「AH−1Sコブラ」のパイロットだったと伺いました。元陸将で軍事研究家の山口昇さんという方がいらっしゃいますが、彼も対戦車ヘリの操縦士でしたよね。
砂川 そうですね。同じコブラのパイロットです。
小泉 山口さんは元イギリス陸軍大将であるルパート・スミスの著書『軍事力の効用』の日本語版を監修されるなど、“陸自の頭脳派”とされています。山口さんに限らず、対戦車ヘリの方々は頭脳派のイメージが強いのですが、特有の気質を生み出す土壌があるのでしょうか。
砂川 ありますね! わかりやすい例が「火力調整会議」でしょうか。正面の敵を破砕するために、敵を攻撃する火力をどのように配当するかを決めるものです。ここからはマニアックな話になりますが、火力と言っても色々あって、例えば方面火力と、師・旅団の裁量で配当できる直協、直接火力に分かれている。
とにかく荒れる「火力調整会議」
小泉 方面火力は、方面隊が持っている口径の大きな榴弾砲が代表的ですね。「203(ミリ自走榴弾砲)」とか。直接火力は、第一線で使用する迫撃砲などがあります。
砂川 この火力調整会議が、かなり荒れるんですよ(苦笑)。自衛隊も一枚岩ではありませんから。方面と師・旅団での対立はもちろん、方面火力の中でも、航空火力と地上火力が対立しています。「うちの火力をこう使え!」と各々が主張して、会議が紛糾する。対戦車ヘリは希少な火力になるので、各要求を踏まえ、限られたリソースをいかに上手く使うかに心を砕くのです。
小泉 それはリアルな話ですねえ。やっぱり対戦車ヘリって、砲兵の延長なんですね。
砂川 そういう気質、矜持を持っている操縦士は多かったですね。
小泉 軍事史の本を読んでいると、砲兵というのはギルドみたいな特殊な集団だったとよく指摘されているんです。まず大砲というテクノロジーを使って戦うわけだし、その大砲の弾がどこに落ちるのかは完全に数学の問題だし。