“実話怪談”といえば「思い込みや勘違い、あるいはつくり話なのではないか?」と疑いの目を向けられやすいジャンルである。しかし、語り手が偏差値70オーバーの東大出身者だとわかったら、受け手の印象は変わるかもしれない。
『怪談新耳袋』や『東大全共闘VS三島由紀夫』などの映画を監督した豊島圭介さんが東大出身者11人の“実話怪談”をまとめた『東大怪談』(サイゾー)。ここでは同書から、30代のフリー編集者・綿谷翔さんが語ったエピソードを紹介する。(全2回の2回目/後編を読む)
◆◆◆
アーメンの手
中学1年生の時、僕は奇妙なものを目撃しました。今からお話しするのはそれにまつわるいくつかのエピソードです。
中学入学のタイミングで、僕たちは神奈川県に引っ越しました。この話をすると驚かれるんですが、母は単身赴任をしていた父と2年も前に離婚していて、いつのまにか別の男性と再婚していたんです。僕と弟も、この時初めてこの事実を知らされました。そういう身勝手な母なんです。神奈川行きの目的は、再婚相手の家に住むことでした。
神奈川に出て行くと聞き、横浜のような都会を想像していたのですが、全く違いました。数年前、障碍者施設を襲った凄惨な事件があったのを覚えてますよね? 報道を見た方には伝わると思いますが、あの施設は相当な山奥にあるんです。僕たちが新しく身を寄せることになったのは、そのすぐそばにある山のてっぺんにある一軒家でした。
母の再婚相手にも子供がいました。子連れ同士の再婚です。本当の父のことを慕っていた僕は、新しい「父」にどうしてもなじめませんでした。
ほどなくして母とその再婚相手の仲もギクシャクし出し、喧嘩が絶えなくなりました。「お前の子供の養育費を払う筋合いはない」みたいな言葉がよく聞こえてきたんです。僕と弟は完全にお荷物でした。
再婚相手は、クリスチャンでした。食事の前、全員食卓に着いてお祈りを捧げることが決まりになっていました。両手を固く組んで「天にまします我らの神よ…アーメン」というあれです。
再婚相手は、神様に祈りを捧げたその「アーメンの手」でよく僕を殴りました。一体宗教ってなんなんだろう、と不思議な気持ちになりましたよ。
僕が“あれ”を見たのはそんな頃でした。