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ナレーションを避けた理由

――小説をコミカライズする難しさについてお聞かせください。

村上 一般に、人物や風景の描写が多い作品は、絵にした場合のイメージが喚起されやすいので、コミカライズしやすいんです。ところが、馳さんの小説は長々と描写しないで、スパン、スパンと短い文章でエピソードを積み重ねていく。だから、なかなか省略ができなくて、大変でした。人物の背景を削ったり、設定を単純化したり、原作の持ち味を損なわない範囲でコンパクトにしたつもりです。

 あと、ナレーションはなるべく避けるようにしました。ナレーションが多いと、粗筋を追うだけの漫画になってしまう。会話と会話でつないでいくことを極力、心掛けました。

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――村上さんには100万部の大ヒットとなった『星守る犬』という犬を主人公にした名作があります。『少年と犬』と似ている点、違う点はありますか?

村上 犬が旅をするという、ロードムービー的な設定は似てますね。ただ、『星守る犬』は、必ずしも正しいばかりではない人が、間違った選択をしてしまう話なんです。その結果、破滅に向かっていくんですが、そこに犬がいるから救いがある――。『少年と犬』の場合は、旅をする目的が最初から明確ですから、生きることに関しては前向きですね。そこが違いなのではないでしょうか。

 あと、『星守る犬』では主人公であるハッピーの内面の言葉が沢山出てくるのですが、多聞は終始、無言です。犬がしゃべるのとしゃべらないのでは、読者の印象が大きく変わってくると思います。

――読者へのメッセージをお願いします。

村上 これは多聞という、人々の心を癒す不思議な能力を持った犬が、日本中を旅する話です。いわばスーパーヒーローなんですが、彼は震災という大きな十字架を背負っている。強くて、優しくて、そして切ない……そんな一匹の犬の物語を是非、堪能してほしいです。