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“覚悟”が決まった開幕前日の東京ドーム

 とはいえ、自分はこのチームで何ができるのか、自問自答の日々が続いた。そんな悩みが晴れたのは、開幕戦前日だった。東京ドームでの前日練習。二塁ベース付近で走塁練習を行う加藤の元に、立浪監督がそっと近づいた。真っすぐ目を見つめながら「加藤、お前も貴重な戦力だからな。1年間頼むぞ」。時間にしたら2、3秒だろうか。ふいにかけられた言葉に武者震いし、覚悟が決まった。

 「監督からの言葉で、今年はこういくんだという“覚悟”が決まりました。自分が小さい頃から見ていた立浪さん。頼りにしてもらって、頑張らない選手はいない。野球選手である以上、レギュラーで出たいという思いは当然あります。それは今でももちろん持っている。でも、うー(鵜飼)やバヤシ(岡林)みたいな才能ある若手が2、3年後にチームの中心となって、ドラゴンズが優勝争いしなければいけない。僕は、立浪監督の切りやすいカード、手札でいたいんです。例えば、勝負どころで『代走・高松』のカードを切る前。誰かいないか?となったとき『翔平、いくぞ』と呼ばれ、その期待にしっかり応えられる選手でいたい」。電話越しに聞いた言葉に、何度も圧倒されそうになった。

 試合に出る準備をしている時以外は、ベンチの最前列で味方の巧打、好守、好投、勝利を心の底から喜ぶ。チームが勝つためにできることはなんでもする。「あいつらから、なめられてるだけじゃないですか?」とはぐらかすが、岡林を筆頭に、高松や溝脇、鵜飼など、年下の若手が「翔平さん~」とじゃれながら相談に来る。セ・パの違いはもちろん、チームでは“希少種”となっているポストシーズンの経験者である。コーチではない、同じチームメートの距離感が、課題を解決することだってきっとある。

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 その上で、加藤は言葉を足す。「ちゃんとダメなことは、ダメと言ってあげたい。間違ってることは、怒ってあげられる先輩でいたい。自分もそうしてもらいましたから」。ロッテ時代の恩人でもある大塚明コーチ、現・楽天の鈴木大地選手に頭が上がらない。若気の至りで、感情的になったときも数えきれないくらいある。「(鈴木)大地さんには、いくら使ってもらったか分からないくらいご飯に連れていってもらいました。もちろんそういう意味で恩はありますし、優しくしてくれるだけじゃなく、ちゃんと自分のことを叱ってくれた。そして、大塚さんはそんな自分を受け入れてくれた」。年を重ねるごとに、叱られることは少なくなっていく。プロ野球の世界で模範となる先輩に出会えたからこそ“翔平兄ちゃん”として、ポジションを確立しつつあるのかもしれない。

 加藤の高校時代の夢は、プロ野球選手ではなく「国語の教師」か「スポーツ紙の野球記者」だったそうだ。アグレッシブな姿勢と、懐の深い人間性。そして人を思いやれる心。きっと、嫉妬するくらいいい記者になっただろうなぁ……。「これが加藤の生きる道」。誰にも負けない、誰にも真似できない野球人生を歩み続ける。

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