「飯尾さんは僕らのことをすごく褒めてくれた」
やす テレビに出てる女優さんとかアイドルとか、誰が可愛いとか、3人でバカな話をしてげらげら笑っていたよね。それに飯尾さんは、「両親が公務員だから公務員体質だ」みたいに言うんですけど、基本的にのんきで怠け者で、日が暮れるとスイッチ切れちゃってネタ作りしないから、僕らのことをすごく褒めてくれたんですよ。
マンモウ でも、一生懸命やっていたけど、結果がなかなか出ず。そうこうするうちに僕の嫁が妊娠して、「ここから半年間、生活がなんとかなるまで1回長野に帰るわ」みたいなことで、解散になったんです。
――「ヘーシンク」解散後に、マンモウさんは地元・長野県諏訪市で製造業の家業を継いで、やすさんは2000年に飯尾さんと「ずん」を結成されたんですよね。
マンモウ ヘーシンクを解散して、やっしゃんが飯尾さんとコンビを組んだ一方で、僕は「飯尾」って女性と結婚したんですよ。
やす すごいよねえ(笑)。ごまんとある名前の中で、どちらも解散後に飯尾と組んだわけだから。
マンモウ ちょっと美談になっちゃいますけど、僕は解散して地元に帰ったとき、長野県では芸能の仕事がないと思っていたので、実家を継ぐつもりでいたんです。でも、嫁の目には抜け殻のように映っていたらしくて。そのとき、地元ケーブルテレビの求人広告でニュースキャスター募集があったのを見て、嫁が勝手に局に電話してくれたんです。
嫁に言われるがまま、わけがわからずケーブルテレビ局に行って原稿を読まされました。でも全然読めず、そこから芸人をしていた話になって、いろいろな番組に呼んでもらえるようになりました。『ゆうがたGet!』に出るようになったのも、プロデューサーの高木(真一郎)さんとケーブルテレビでご一緒したご縁からなんですよ。
やす 僕は解散してから一度1人でやってみようかと思っていたとき、飯尾さんが一緒にやろうと言ってくれて。ヘーシンクのときは僕がツッコミで、マンモウちゃんがボケだったんですが、飯尾さんには僕のツッコミがちょっと良かったみたいです。
――マンモウさんだけが東京を離れてしまったわけですが、関係は続いていたんですか?
やす 飯尾さんと一緒にマンモウちゃんの地元の諏訪へよく遊びに行きましたよ。諏訪湖でボートに乗ったり、ワカサギ釣りしたり、ドライブ行ってうなぎ食べたり。僕は諏訪湖が楽しそうだと思っただけだけど、飯尾さんは「ちょっと様子見てくる」なんて言うこともあったから、マンモウちゃんを心配していたところもあるのかも。あの人は後輩思いだから。ただ、高速バスで行ったら「時間がかかりすぎるな」みたいに愚痴めいたことは言っていたけど。