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「客が来るわけがないだろう」1泊3万円のホテルを“人口700人の田舎村”で成功させた男の独自戦略

『700人の村がひとつのホテルに』 #4

2022/07/06

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, ライフスタイル, , 娯楽

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 いよいよ開業まで3ヶ月をきり、正式に全村向けの説明会をする段になった。すると突然、役場の職員から「全村向けの説明会の前の週に、高齢者学級で嶋田さんにホテルのことを話してもらうよう段取りをつけておいた」と連絡が入った。

 この「高齢者学級」というのは、村の65歳以上の高齢者が、毎月1回集まって、健康体操をしたり、日帰り旅行に行ったりする親睦の会である。

 そうか……。でも、どうやって話をすればいいんだろう。

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 長年、小菅村で暮らし、生まれ育った故郷をなんとかしたいと誰よりも強く思っている人生の大先輩を前に、どんな言葉をもってすれば、村の外から来た若輩の話を受けとめてもらえるのか。

美しい小菅村の大自然 ©袴田 和彦

 これまで私はこういう時にうまく立ちまわれず、地雷を踏みまくって怒られることもしばしば経験してきた。決してバランス感覚が良いとは言えず、要領よくやり過ごせるタイプではない。

 前日は緊張からあまり眠れなかったが、もう、やるしかない。自分にできるのは小菅村への思いを真っ直ぐに伝えることだけだ。

「700人の村がひとつのホテルに」

 当日、谷口夫妻とともに会場に向かうと、すでに五十人ほどの高齢者が座って待っていた。初めての公式な説明ということで、みな真剣な眼差しを私たちに向けている。

 私は、ここで初めて、ホテルのコンセプトを公にしようと決めていた。

「700人の村がひとつのホテルに」

 いつも協力してくださることへの感謝を述べると、ホテルのコンセプトの他、サービス内容、運営体制、開業スケジュールなどを20分ほどかけて、一気に話した。

 さて、問題はこれからだ。

 いざ発表したものの、「勝手に村をホテルにするな」「誰がそんなホテル手伝うか」などといった否定的な反応が出たらどうしよう……。内心はヒヤヒヤだ。

 恐る恐る会場を見渡すと、私の心配とは裏腹に参加者の表情は柔らかく、ニコニコしている。きっと、事前に谷口夫妻から話を聞いて安心してくださっていたこともあるのだろう。

 その後の質疑応答では、「こんな何もない村に、本当にお客さんが来てくれるのか?」といった質問も出たが、一つひとつ丁寧に説明していくと、「よそから来た若い人が頑張ってくれるのは、嬉しい」「面白いホテルだね。頑張ってくれよ!」「何か私に手伝えることはないかい?」といった温かい言葉を多くの方からかけていただいた。

 説明会の後、改修を終えた「大家」に移動しての内覧会では、かつて大家に通って勉強した人や、元の家主と親しかった人から、「まあ、こんなにオシャレになって!」「大家が残って本当に嬉しい。ありがとうね」と声をかけられ、なかには涙を流している人もいた。

 この高齢者学級での説明会、内覧会の直後から、村ではホテルの情報が瞬く間に拡散されていった。高齢者学級に参加した人が、家庭内はもちろん、村のあらゆる場所で話してくれたのだ。