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 しかし、「地域運営型」や「自治体まるごと」の世界観をつくるといっても、そう容易いことではなかった。そのためには、村の人たちとの関係づくりがなによりも重要になってくる。

 小菅村には私たちのプロジェクトに協力的な人が多かったが、それでも、いきなり「村まるごとホテル」なんて言われても戸惑うばかりだろう。ここは、これまで小菅村に伴走してきた自分たちが、村の人たちに丁寧に説明していくしかない。

 いかにいいかたちで村民を巻き込んで、一緒になってホテルをつくっていけるかが、なによりも重要だと私は考えていた。自分たちの村に必要なホテルだと思ってもらえなければ成功はない。

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「客が来るわけがないだろう」

 2019年春、8月の開業に向けて雪のなか進めてきた古民家改修はほぼ終わり、工事用の囲いもとれて、ホテルとして生まれ変わった細川邸が初めて姿を現した。

 新たに採用したスタッフも含め、関係者が頻繁に出入りする慌ただしさに、村の人たちもただならぬ気配を感じてソワソワしているようだった。

 開業が近づいて、村に噂が飛び交うのは折り込み済みでもあったが、時にはホテルに否定的な噂話が耳に入ってきたりもした。

 実は、ホテルの開発をサポートしてくださっていた村役場の職員からのアドバイスで、ホテルがある地区の住民以外への情報発信を、ある段階までは敢えて控えていたのだ。

 彼は今回のプロジェクトの全容をいちばんいいかたちで村に周知するためには、次のように4段階に分けて伝えていった方がいいという。

第1段階 村のなかに情報の受け手を置く
第2段階 実務者へ発信する
第3段階 高齢者へ発信する
第4段階 最後に、全村民へ発信する

 そこで私たちは、次のような作戦に出た。谷口夫妻が村に移住するまで役場などの関係者以外にはホテルの情報を一切漏らさないようにする(第1段階)。そして、夫妻が村での生活に馴染んでから、2人が直接村の人たちに説明する(第2段階)。

 実際、開業の半年前に移住した彼らはそれから毎日のように、集落の住民のお宅を一軒一軒まわって、ホテルのコンセプトや世界観を説明し、送迎、接客、ガイドなどを手伝っていただけないかとお願いしていった。

 時には、「こんな村に1泊3万円のホテルつくったって、客が来るわけがないだろう」「もし失敗したら、村が赤字を補填することになるんじゃないか」といったネガティブな反応もあったようだ。これまでの生活に縁のなかった施設が突然できるというのだから、村の人たちが不安になるのも当然だ。私も機会があるたびに、細川邸の近隣住民に丁寧に説明し、協力を呼びかけていった。

 そうしていくうちに最初は警戒していた村の人たちにも、谷口夫妻の「自分たちは小菅村で暮らして、村を守っていきたい」という本気度が伝わったのだろう、徐々にホテルへの理解を示してくれるようになっていった。

 確かに役場の職員が言うように、2人が移住する前に、いきなり村外に住む私たちが大上段に構えて説明会を開いていたら、否定的な噂が広がっても火消しすることができなかったと思う。

 このように第2段階までは順調にことが運んでいった。ただ、第3段階に関しては、開業3ヶ月前まで役場の職員にどういう意図があるのか、私たちは測りかねていた。