膨れ上がった客室のキャパを臨機応変に縮ませることができないことは、すでに鬼怒川温泉の廃墟群が物語っている。このままひたすらに訪日客を受け入れていけば、日本全国の温泉地に廃墟のホテル群が誕生することになるのではないか。
私のこうした問いに、小野会長は危機感をにじませるように答えた。
「部屋が100ある中、コロナ禍ではそのうちの50ぐらいの部屋を使って経営をしている状況でした。
しかし、お客が増えたからといって、再び100の部屋を回そうとすると、再び経営に負荷がかかってしまい、どこかで無理が生じてしまいます。
これからは日本の人口も減っていきますし、働き方改革で従業員を確保することも難しいです。これらの社会情勢に柔軟に対応していくためには、ホテルは100の部屋をフルに回すのではなく、60~70ぐらいの部屋を使って、ゆっくりと利用者の方に時間を過ごしていただきながら最大限の利益が出せる経営にシフトしていかなければ、生き残ることが難しくなっていくのではないでしょうか」
そのような抜本的な施策を打つためには、経営努力だけでは解決できないことが多いとして、さらに続く。
「銀行や国が、宿泊施設に対して『コロナで貸したお金をすぐに返せ』というスタンスだと、ホテル側も焦って売上を取りに行かざるをえなくなり、結果的に無理な経営になりかねない。
そうならないためにも、支払いペースをもう少しおさえるなど、ホテルや旅館の経営者にゆとりを与えなければ、観光客や訪日客に長期休暇を楽しむ欧米型のサービスを提供することはできないと思います」
アフターコロナと“旅行の時間”
小野会長の信念が反映されてなのか、鬼怒川パークホテルズは、大きな中庭を構え、庭園茶房やガーデンテラスなどの施設を持つ。部屋数を増やすことよりも、宿泊者に有意義な時間を過ごしてもらうための空間作りに、長らく力を入れてきたのが特徴だ。当座の売上だけを取りに行くのではなく、リピート客に何度も足を運んでもらえるような方針をとり続け、結果として景気に大きく左右されることはないという。
鬼怒川温泉で廃墟となってしまった宿泊施設の経営者たちも、バブル期にもう少し余裕を持った“態勢”で臨んでいれば、無理をして部屋数を拡張することも、大きな借金を背負うこともなかったのかもしれない。そう思えば、景気が上向いたときに、自分たちは何を優先してお客にサービスを提供すればいいのか、廃墟になったホテルたちは身をもって教えてくれているような気がする。
廃墟の解体にも相当の時間がかかる以上、今後も、鬼怒川温泉の廃墟群の写真や映像は、そこだけが切り取られたかたちで広まっていくこともあるだろう。長期にわたって地元の人たちが気を揉むことが予想される。
しかし、廃墟のホテルが生まれてしまった背景には、当時、「ゆっくりと旅をする」という文化が日本に根付いていなかったことが大きな要因といえるのではないか。その“ゆっくり”を実現するためには、ホテルや旅館の経営に対して、金融面からも支援政策が必要なのかもしれない。そうしなければ、私たちはいつまで経ってもせわしない旅行を続けることになりかねない。これではバブル期に旅行した団体客となんら変わりがないだろう。
アフターコロナで旅のスタイルを見直す機会を得た今、鬼怒川温泉の廃墟群から、私たちはもう一度、旅行そのもののあり方を学ぶべきではないだろうか。
写真=竹内謙礼