②本命盤
中・高まではLPレコード1枚買うと、親から貰ったその月のお小遣いはほとんどなくなった。レンタルレコード店すらなかった時代、だから本当、どうしようもないレコードを買ってしまった時の落ち込みようは今では考えられないくらい激しかったものだ。『好きにならずにいられない』とは、エルビス・プレスリーの歌のタイトルだが、修行のように聞き込んで無理矢理好きになるしか立ち直る方法はない。
「コレ、めっちゃエエぞ」と、友達が家に遊びに来た時、そんなレコードを流すのも修行の一環。しかし、1曲も終わってないところで「どこが?」と聞かれ、何も言い返せなかった辛い思い出。それが反動となり、自分でお金が稼げるようになった時、僕は“ジャケ買い”の道に進んだのだ。
ジャケ買いとはすなわち、レコード・ジャケットのおもしろさだけで判断、即買いすることである。シングルも含め何百枚にもなったジャケ買いレコード。中には名盤と言われるものもあるが、初めっからどうしようもないレコードと分かるものは聞かないことにしている。
一時期、ジャケットにオッパイが写っているものばかり捜していたことがあって、当然『エマニエル夫人』のサントラ盤も引っかかってきた。あの有名な籐の椅子に座ってるやつだ。シリーズは全3作でそれぞれサントラ盤が出ているのだが“パチモノ”も多い。
この場合のパチモノとは、映画で流れる本物の歌や演奏ではなく全く違った楽団が吹き込んだ企画モノのレコード。中にはよくジャケットを見てみると“サウンドトラック”とは名乗らず(いや、名乗れず)、言い訳のようなことが書かれているものがあった。
『本命盤・エマニエル夫人』
『本命決定盤! エマニエル夫人』
『演奏本命盤・エマニエル夫人』
どう? この“本命”とは一体、何だ? よく使われるのは恋愛に関して「オレ、あのコ、本命だから、ヨ・ロ・シ・ク!」って時だ。それは一方的な思いであり、相手の意志は関係ない。これらのパチモノも、映画サイドはどう思うか知らないけれどこの演奏自体は本命だからヨ・ロ・シ・ク! ってことなのだろう。
「ちょっと待て! 本命は本命でもこちとら決定盤だ!」と、後出しジャンケン・レコードも見苦しい。これ全て、昔なら知らずに買って確実に1カ月は落ち込んだ品々であることだけは間違いない。